第13話
マリアの経歴を宰相が調査したが、あやしい所は見つからなかった。もともと住んでいた村の名前を知らない為、幼少期までは追えていないがそれはこの国ではよくある事だ。ミッドナイト商会で文字の読み書きを習うまで、自分の名前も書けなかったらしい。5年前から働いているのは間違いなく、働きぶりも何名かに確認したが、評価は高かった。他の男の影もない。
「イオス様、本当にマリア様を私の養子にしなくて良いのですか? マナーも問題ありませんし、商会で仕込まれた為か知識も豊富です。そこらの貴族よりも素晴らしいご令嬢ですぞ! 私の養子になれば、伴侶となれます。私の養子が嫌なら他の貴族に話をしてみますぞ!」
宰相は、何度もマリアを自分の養子にしないかと提案していたが、イオスにすげなく断られていた。
城に来たマリアは、オドオドした少女だった。だが、どことなくセーラに似ており、イオスが気に入ったのはセーラに似ているからかと噂になったものだった。平民出身の為、マナーなどはなっていなかったが、マナー講師をつけたらあっという間にマナーを習得した。マリアにマナーを教えたのは、宰相の娘だ。今はすっかり仲良くなり定期的に茶会をしている。
「くどい! オレはマリアを貴族の養女にする気はない!」
「今は私しかおりません。人払いもしてあります。ですから、どうか本音を教えて下さい。マリア様は平民です。このままではイオス様との間にお子が生まれても継承権がないのですぞ! 平民ではマリア様は妾にしかなれませぬ。結婚も出来ないのですぞ!」
「マリアが貴族になれば、兄貴に狙われる」
「それは……」
イオスは今まで、誰にも暗殺されかかっていた事は言っていない。だが、この反応から宰相はイオスの暗殺を知っていた事が分かった。予想通りだなとイオスは笑う。
「今はマリアが平民だから相手にされていないだけだ。脅威になると分かれば、マリアの命が危ない。オレもあと数ヶ月の命だろうから、兄貴が皇帝になったらマリアを城から逃がしてくれ」
「なっ……どういう事ですか?!」
「兄貴が皇帝になったら、オレを処刑するそうだぞ。オレだけじゃねぇ、兄貴を最優先しない奴はみんな処刑だそうだ。本人がオレに言ったんだら間違いねぇ。ま、宰相がオレを信じてくれるならだけどな」
「フォス様は、そこまで愚かでしたか……。イオス様、貴方様が皇帝になりたくないのは存じております。ですが、このままではこの国は地獄になります。お願いします。皇帝を目指しては頂けませんか?」
「……オレだって死にたくはない。マリアとの未来も欲しい。だが、オレは圧倒的に不利だ。表立って貴族を切り崩しに行けば、オレも宰相も危ない。それなら兄貴の事を受け入れて残り少ない人生を過ごすよ」
「伊達に宰相はしておりませぬ。イオス様が皇帝を目指す、そのお言葉だけ頂ければ、過半数の貴族を秘密裏に味方にしてみせましょう」
「兄貴を侮るな。兄貴は、セーラの国を滅ぼした張本人だぞ」
「なっ……」
宰相の顔は、真っ青だ。恐怖でカタカタと震えている。
「なんだ? 知らなかったのか? まぁ、オレも兄貴が自分から嬉しそうに教えてくれるまで知らなかったからなぁ。オレの侍従のフランツも、オレの部屋に来る使用人も兄貴の味方だからな。オレの近くに居る人間はほぼ信用出来ない。信用して良いのはマリアだけだ」
「かしこまりました。新皇帝の指名まであと4ヶ月しかありませんが、イオス様の味方を集めて参ります」
「危険だ、宰相が危ないぞ」
「危険は百も承知です。今まで申し訳ありませんでした」
イオスは、ニヤリと笑って言った。
「今まで、兄貴にオレの情報を流していた事か?」
「イオス様……ご存知でしたか」
「フランツから兄貴に情報が漏れているのは分かっていたが、いくつかフランツすら知らなかった事を邪魔された事があるからな。兄貴に情報を流したのが誰かは言わなくて良いよな?」
「はい……私です。大変申し訳ありませんでした」
「構わない。オレはさっき言っただろう? オレの近くに居る人間は信用ならないと。オレは宰相を信じていなかったんだ、宰相がオレを信じる必要はない」
「今後は、イオス様に信頼して頂けるよう努めて参ります。どうか、皇帝を目指して頂けませんか?」
「兄貴にオレの事を話してた理由はあったんだろ? ちゃんと話せ。信用するかはそれからだ」
「はい。私はイオス様が何度も毒を盛られたり、暗殺されかかっているのは分かっておりました。そして、それをフォス様が仕組んでいることも。私が表立ってイオス様を庇えば、イオス様がもっと危険になるであろう事も理解しておりました。ですから、フォス様にイオス様の情報をお渡ししていました」
「情報は、いつから渡していた?」
「1年程前からです」
「オレが宰相から情報が漏れていると気がついたのは半年前だ。半年もオレを誤魔化すとはさすがだな。それで、情報を渡したのはオレの為とでも言うのか? 確かに半年程は、毒は仕掛けられたが、暗殺はなかったな。それも貴様のお陰だとでも?」
イオスは、冷たく言い放った。それは確かに王の風格があり、宰相は跪く。
「……イオス様の味方である私が寝返れば、イオス様への悪意が薄まるとは思っていました。ですが、保身があったのは事実です。このままフォス様が皇帝になるなら、多少媚を売る方が良いと判断しました」
「それで、今は兄貴からどんな指令を受けていたんだ?」
「マリア様が妾のままなのか、イオス様の伴侶を目指すのか判断せよとの仰せでした」
「お前は、なんと報告する?」
「イオス様は、皇帝になる事を諦めておられます。マリア様ともひとときの癒しを求めたに過ぎません。イオス様は、もうすぐ死ぬだろうと申されていました。どのような意図で仰ったかは、私には教えて下さいませんでした。イオス様の願いは、イオス様が居なくなったらマリア様を保護して欲しい、それだけでした。そう、報告致します」
「最後のマリアを保護する話は報告するな。マリアは戯れでそろそろ飽きるだろうと伝えろ。オレは未だにセーラの面影を追っていると報告しろ」
「御意」
「オレが不甲斐ないから失望した、兄貴の為に働くと伝えてオレを支持する貴族を集めろ。出来るな?」
「もちろんです。お任せ下さい」
「期待しているぞ。デュバル公爵」
イオスは、半年ぶりに宰相の名を呼んだ。それは、もう一度だけ信用するという事。だが、イオスは皇帝になるとは断言しない。まだ自分は真に信頼されている訳ではない。そう感じたデュバル公爵は、イオスの信頼を得る為に全力を尽くすと誓った。
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