第7話

「よし、毒抜けたな」


まだ眠っているセーラをベッドに寝かせて、イオスは用意したシチューを確認する。


「冷めちまってるよなぁ。セーラが起きたら温めるか」


イオスがシチューを確認しようとすると、部屋に鈴の音が響いた。


「ちっ……今日は入るなって命令したのに来るって事は兄貴だな」


イオスは急いで部屋を出て、鍵をかけて自分の部屋に戻ると床に座り込んで顔を伏せる。


「イオス、イオス……入るよ」


部屋には、鍵がかかっているが10分ほどすると鍵の開く音がした。


「兄貴なら、合鍵用意するなんて楽勝だよなぁ」


ドアが開く前に小声で呟いたイオスは、そのまま顔を伏せて落ち込んでるフリをする。セーラの髪の毛と、毒を焼き払ったセーラのナイフを手に持ち、打ちひしがれた男を演じる。


「イオス、心配だから鍵を勝手に開けたよ。大丈夫かい?」


フォスは、優しい兄の顔をしてイオスに話しかける。


「……ひとりにしてくれ……」


「そんな事言っても心配なんだよ。食事を持ってきたよ。食べてくれよ」


そう言いながら、フォスはイオスの手の甲を確認する。爛れは治っており、瘡蓋が出来上がっていた。


「この手は、どうしたんだい?」


「……問題ねぇ」


「暗殺者がまた来たんだって? そいつにやられたの?」


「もう始末した。問題ねぇよ」


「ならどうしてそんなにつらそうなの? 暗殺者が、イオスの知ってる子だったのかなぁ?」


フォスが意地悪そうに笑う。いつものイオスなら、ここまで言われると怒りで炎を出して大騒ぎになる。そしてイオスの評価が下がり、フォスの評価が上がる。


だが、今のイオスはフォスの挑発にも冷静に対応できた。


「兄貴はさ、分かってたんだよな?」


「……何をだい?」


「オレがセーラを探していたこと。彼女をなんでオレにけしかけた?」


「思ったより冷静だねぇ。もっと取り乱すと思ったんだけどなぁ」


「彼女はもういない。残ってんのはこんだけだ」


フォスは、イオスの冷静な様子にセーラは生きているのではと疑ったが、イオスが大事そうに握りしめる髪の毛は確かにセーラのものだった。イオスが部屋から出ていないのは確認している。この状態で食事を作る余裕があったのは気になるが、作っていたのがセーラの好物のシチューだった事もあり、泣きながら作ったのだろうと想像してほくそ笑んだ。


イオスの部屋は3部屋あり、3代前の皇帝が私室として使っていたがその後は誰も使っていない空き部屋だった。埃だらけのこの部屋を手配するよう指示したのはフォスだ。


フォスは、イオスと話しながら侍女に全ての部屋を確認させた。侍女が戻り、部屋に誰も居ないと分かると、フォスは微かな笑みを浮かべた。やはりセーラはイオスが殺したのか。自分の信奉者であるフランツが嘘の報告をするとは思えないが、自ら確認して良かった、おかげでこんな顔のイオスが見れたと歪んだ喜びで身体が震える。


侍女を下がらせて、ふたりだけになった部屋でフォスは俯いたままのイオスに笑顔で話しかけた。


「唯一大事にしていた子に殺されかけた気分はどう? その子を焼き尽くした気分も聞きたいなぁ」


「最低な気分だよ。なぁ、セーラの国が滅んだのも兄貴のせいか?」


僅かに顔を上げたイオスは、涙の跡があり、目が赤い。余程泣いたんだろう。フォスはますます嬉しくなった。


「もう隠す意味はないし教えてあげる。反乱軍に情報や武器、お金を提供したのは僕だよ。お馬鹿なセーラちゃんはイオスのせいだって思ったまま死んだのかな」


イオスの身体から、炎が上がる。なんとかイオスが炎を抑えようとする姿を、フォスは嬉しそうに眺めていた。


「なんで、なんでそんな事したんだよ。セーラは兄貴に何もしてねぇだろ!」


「だからだよ。僕もセーラが好きだったんだよ? だけどセーラはイオスしか見てなかった。もう顔も見たくないから、国内を荒らしてセーラを後宮に閉じ込めようとしたのに、イオスが助けちゃうんだもの。父上もイオスとセーラが想いあってるからってあっさり婚約を認めようとするしさ。時間を稼ぐ為にイオスに仕事を回すように進言して、急いで反乱軍に攻めるよう指示して、武器やお金を回して、父上が援軍を出すって言うから軍の編成してる間に、僕が先行して様子を見に行くって言って全部壊したんだ。色々おかしいと思ってたでしよ? イオスの手紙を止めたのも僕だよ。中身は読まなかったけど、愛の言葉でも書いてあったのかなぁ?」


「クソ兄貴」


「ふふっ、抜け殻になってるイオスは最高だったよ。セーラを探す為に継承権を放棄しようとしてたのも狙い通り。なのに父上は認めないなんてあんな大勢の前で宣言しちゃうから……もうイオスを殺すしかないよね。セーラが望めばあっさり殺されてくれると思ってたのになぁ。セーラだと分かれば、イオスは絶対手を出せないから、覆面なんて与えずに暗殺させれば良かったかなぁ」


「もう黙れよ」


「本当はセーラを僕の妻にしてイオスを絶望させようと思ってたんだけど、セーラは僕の言葉を信じてイオスを恨んでるくせに、イオスが好きみたいでね。ずーっとイオスの名前ばっかり呟いてたんだ。さすがの僕でも、他の男の名前しか呼ばない女性に興味はないからね。もう良いやと思って、イオスを殺すか、イオスに殺される駒になって貰う事にしたんだ。残念だよ。僕の愛を受け止めれば、セーラは幸せになれたのにね。ま、僕を信用はしてくれたみたいだから、殺さないでおいてあげたんだ。なのに、イオスがあっさり殺しちゃうんだもんなぁ。それ、セーラの髪の毛でしょ? あとは全部消し炭にしちゃったんだって? あーあ、可哀想なセーラちゃん」


「黙れって言ってんだろ! これ以上セーラを侮辱すんな!」


「ふふっ、どれだけ泣いてもセーラはもういない。もうイオスの大事なものはないよね。生きてるのも辛いでしょ。僕が殺してあげるよ?」


「兄貴に殺されるのだけはごめんだ」


「そう、ここでやり合ってたらすぐ騒ぎになるからね。今日は退散するよ。だけど……皇帝になるのは僕だ」


「そんなに皇帝になるのが大事かよ」


「ああ、皇帝になれば僕を最優先しない人はみんな処刑するんだ。母上と父上、イオスとセーラ。愛しあってるのは良いけど、みんな僕をいちばんに見てくれないんだもの。イオス、安心してね。僕が皇帝になったらすぐにセーラの元に送ってあげる」


そう言ってフォスは、歪んだ笑みを浮かべてイオスの部屋を出て行った。


「上等だ。だったら兄貴が皇帝になるのだけは阻止してやるよ」


イオスは急いで鍵をかけて、部屋に誰も入らないように炎の幕を作成してから、セーラの元に向かった。

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