私の隣には、猫の君がいた

甘烈なかぐろ

prologue


 始業前の時間を使って、昨日やり残した仕事に取り掛かっていると、今年の四月に入社したばかりの田西さんが出勤して来た。私の隣の席に立ち、「おはようございます」と大きな声で挨拶をしてから椅子に座る。私も「おはよう」と彼女の方へ顔を向けて挨拶をするが、彼女の黒い服に、動物の毛のようなものが多量に付着しているのが目に入った。


「あ、ねぇ、毛が付いてるよ。服に」

「えっ」


 田西さんは、自分の服を確認してから、慌てたように服をはたきだした。少しはたいた後、執務室内に毛が舞ってしまうことに気付いたのか、手を止めて椅子から立ち上がった。


「ごめんなさい。ちょっと外ではたいて来ます」

「いいよ。ほら、これ使いなよ。細い毛って、はたいてもなかなか落ちないよね」


 私は、机の下に置いておいた粘着クリーナーを取り出して、田西さんに渡した。田西さんは申し訳なさそうな顔をしてから、それを受け取る。


「ありがとうございます。うち、猫飼ってるんですけど、家出る間際にくっついて来ちゃって。毛が付くこと忘れてました。先輩も何か飼ってたことあるんですか?」


 田西さんは、粘着クリーナーのカバーを外して、自分の服に当てて転がし始めた。


「猫かぁー。私も少し前に猫と住んでたよ」

「可愛いですよねー。でも、前にっていうことは、今は……」

「うん。今はいないけど。……大好きだったなぁ」


 私は去年の十月に猫を拾った。そして、二か月前にいなくなった。まだまだ鮮明に思い出せるあの日々を、私は懐かしむように思い浮かべた。

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