melancholic...

七々瀬霖雨

melancholic...

 ポストから一通の手紙を見つけて、私は思わず盛大な溜息を吐いた。

「もーあいつっ!」

 憂鬱だ、憂鬱だ、憂鬱だ!

 手紙を開きもせず机の上に放り出す。そのままくたんと机に伸びて、私は目を瞑った。


 何をすればいいのか、分からない。


 いつからか、そんな思いが私を支配していた。

 あいつに――彼に、読ませるための小説を書けなくなった頃くらいだろうか。

 何とか優しい想いを閉じ込めた物語を書いていたのに、突然迷いが生まれてしまった。

 ――私はこれでいいのかと。

 あいつは多分、律儀に私を待ってくれている筈だ。それがまた私を憂鬱にさせる。どうしたらいいっていうのよ。黙って手紙なんか送ってこないで、直接言いに来たらどうなの!


 ……言ってほしいんだ。私が何をすればいいのか。

 何もない私に、どんな言葉を描けるのか。

 今の私なら、反抗しないで聞けるから。


 目を開く。


 小説が書けないのも憂鬱。話す相手がいないのも憂鬱。携帯を使い慣れないのも憂鬱。雨が降らないのも憂鬱。そのせいで、海みたいな線路を見に行けないのも憂鬱。手紙しか寄越してこないあいつへの返事も憂鬱。そもそも、こんなに憂鬱な私も憂鬱!

『そんなに切羽詰まらなくても良いからね』

 と、先週来た手紙には書いてあった。

 あいつの手紙は毎回微妙にズレている。イラッとするでもなく、あ、こんな風に思われてるなら頑張れるかな、くらいの微妙なズレだ。あいつのことだから多分わざとなんだろう。ああ憂鬱だ。こんなに気を使われていて。そんなに駄目だった?そんなに悪かった?今すぐ聞きたいと思った。

 私の小説の評価を――ううん、感想でいい。どれだけ私の思いが伝わったのかを。


どうしたらいいのかわからないのも憂鬱。私自身が思い通りにならないのも憂鬱。泣きそうなのも憂鬱。声が、声が聞けなくて、どうしようもないのも憂鬱。

 強がりばかりしてしまう私も、憂鬱。


 憂鬱ばかりの私を。

 貴方は、笑って許してくれる?


 私が小説を書けば、貴方は読んでくれるだろうか。

 返事が。

 返事が無性に聞きたかった。

 

 体を起こした。

「ああ……」

 広げたノートに目をやる。まだ埋められない白紙がずっとずっと広がっている。私はそれを、終わりの見えない砂漠に立っているような気分で見ている。

 放り投げてしまった手紙を、私はゆっくり拾い上げた。本当は分かっているのだ。あいつの手紙を拒んでしまうのは、私の強がりだって。あいつは、悔しいけどちゃんと私のことを分かってくれているんだって。

 手紙を開く。この微妙なズレに、私は今度こそ乗ってあげようと思う。あいつからの言葉はいつだって、砂漠でからからになった私を前に進めるだけの力がある。

『どんな話であっても、僕は君の描く世界が好きだ』


 ちいさく微笑む。言ったね、信じるからね、と、私は手紙を大切なお守りのように丁寧に閉じる。

 それから。


 震えるほど白いノートのページを、憂鬱も晴れるようなテンポで優しくめくった。

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