第137話 捧げた人生【サイドの視点】

 王都魔法学校一回生の時に僕は女神に出会った。

 僕は彼女を見た瞬間、身体に雷が落ちたような感覚を味わう。美の化身がそこに存在している事が奇跡に感じる。僕の思考が数秒止まってしまった。惚けるとはこういう事なのか?


 その女神は調べるとすぐに誰かわかる。あまりの美貌と知識で彼女は有名過ぎるほど有名だった。


 ヴィア・ウォレット。それが女神の名前だ。


 現在は王都魔法研究所の主任研究者。その他にいろいろな逸話も大量に出回っていた。

 僕は既にヴィア・ウォレットに魅せられていた。一目惚れなんだろうか? たぶんそうだろう。すでに進路は王都魔法研究所以外考えられなくなっていた。たとえ実家から帰ってくるように言われていても。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 晴れて王都魔法研究所に就職が決まり、配属もヴィア主任の研究室に決まった。何故かヴィア主任の研究室の助手のなり手がいないらしい。

 あんなに美人で聡明な主任の研究室なのに不思議に思っていたが、出勤1日目でそれを理解してしまった。


 意気揚々とヴィア研究室の部屋を開けて、僕は唖然とした。

 そこはゴミの山だった。足の踏み場もない状態。書類や本が無造作に置かれている。ゴミの山をかき分けて進むとソファに寝ている女性を発見した。


 ヨレヨレの汚れた白衣、ボサボサの頭。しかし整っている寝顔。

 自分の美に対する価値観が全て破壊されていく音が聞こえた。

 ヴィア主任に声をかけるがまったく起きない。私は諦めていつ終わるかわからない掃除を開始した。

 1刻2時間ほど掃除をしていると背後から声をかけられる。


「誰だ君は? 通りすがりの掃除好きの人かな?」


 女神の声を初めて聞いた。なんて綺麗な声なんだ。僕は感激を隠しながら返事をする。


「今日からヴィア研究室の助手に配属されたサイド・ウォータージです。どうぞよろしくお願いします」


 ヴィア主任は眠そうな目でこちらを見ながら重そうに口を開く。


「あぁ、そんな話があったな。今度は何日持つやら。君は掃除が好きなのかね?」


「別に好きでは無いですけど、必要ならやります。汚いより綺麗なほうが良いですから」


「それは素晴らしい考えだ。この研究室に欠けている要素だよ。そのまま掃除を続けてくれたまえ。私はもう少し眠る事にするよ」


 そう言ってヴィア主任は寝入ってしまう。僕は女神と話した事に心が震えていた。

 まずはこの研究室を人がまともに活動できる場にするのが僕の初仕事だな。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヴィア研究室の掃除は2週間かかった。掃除をしているとヴィア主任の脱ぎ捨てられたシャツや下着が出てきたのは困ったが……。

 2週間ヴィア研究室にいてわかった事は、ヴィア主任は研究室で寝泊まりしている事だ。

 眠る時はいつもソファだ。


 研究室の奥には部屋があり、ベッドとシャワー室が完備されている。

 しかしながら、その部屋もゴミだらけで復旧するのが大変だった。

 新しい寝具を購入してもらい、洗濯物は業者に週3回訪問してもらうように手配した。

 食事は王都魔法学校から出前を頼むようにする。

 これでヴィア主任がまともな生活を送れるようになるだろう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ただ見れるだけで嬉しかった。近くにいるだけで幸せを感じた。話せるだけで天国にいる気分になった。

 ヴィア主任の研究の手伝いに自分の研究、それと掃除をしながら数年を過ごす。


 今は何故か、ボムズの焦土の渦ダンジョンでサラマンダーを斬り倒していた。

 気がつくと僕がDランク冒険者だ。


 休みの前の日に一人でボムズの飲み屋に入った。ただ浴びるように飲みたい気持ちになる時がある。

 自分の人生は全てヴィア主任に捧げているつもりだ。そんな人生も悪くないと思う。彼女はそれだけの価値がある人だ。

 それでも鬱屈した思いが心の奥に溜まっていく。それを薄めるのがお酒の力だ。

 意識が戻るとボムズの家のベッドで寝ていた。

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