第128話 エルフ排斥運動
朝の鍛錬でヴィア主任の動きが目に見えて良くなっている。力とスピードでは僕が上だけど技術は間違いなくヴィア主任が上だ。
これならサラマンダーにも問題なく接近戦ができそうだ。
サイドさんの剣術は可もなく不可もなく。まぁ水魔法での攻撃なら良いのだろう。
ヴィア主任とサイドさんのジャンプ力と力を測定した。今日1日でどの程度上がるか確認のためである。
装備は皆んな昇龍の装備でまとめた。サイドさんは昇龍の杖を装備する。
Cランクダンジョンである焦土の渦ダンジョンは、ここボムズの西門より3キロルの距離に位置している。移動が少し面倒だったので馬車を借りた。久しぶりに焦土の渦ダンジョンだ。
気持ちを引き締めて洞窟型のダンジョンに入る。
F級モンスターのカーサスが早速襲ってきたが、ミカが一刀で切り捨てた
サラマンダーの討伐方法は僕が見本を見せる。ミカじゃ見本にならないしね。
右側前方の溶岩の中から4匹ほどのサラマンダーが出てきた。赤黒い肌をして赤い炎を纏っている。螺旋状に飛ばしてくる火の玉は昇龍の盾で丁寧に対処し、近づいて剣を振り下ろす。
サラマンダーの歩く速度はそれ程早くないため、火の玉の攻撃に注意すれば大丈夫だ。
一回見ただけでヴィア主任に代わった。
危なげなく昇龍の盾でサラマンダーの火の玉を防ぐ。
近づいて3匹のサラマンダーを倒した。
「驚いたな。Cランクモンスターのサラマンダーが一撃で倒せるなんて。昇龍の剣と昇龍の盾があればここでは無敵じゃないのか?」
C級魔石を拾いながらヴィア主任が言った。
「属性の相性なんでしょうね。簡単に倒せますもんね」
次にサイドさんがウォーターボールを当ててからサラマンダーを倒す実験になった。
サラマンダーが2匹出てくる。
サイドさんがウォーターボールの呪文を詠唱した。
【水の変化、千変万化たる身を礫にして穿て、ウォーターボール!】
ウォーターボールは真っ直ぐにサラマンダーにぶち当たった。
さすが主席卒業。魔法のコントロールが抜群だ。ウォーターボールが当たったサラマンダーは嫌がっている。
ダメージはそこまで負っていない様子。すぐにヴィア主任が近づき剣で倒す。
このパターンでサラマンダーを倒していく。順調なモンスター討伐だ。
一度、サイドさんがサラマンダーの火の玉に当たったが、【昇龍のローブ】を着ていたため問題はなかった。
僕とミカはF級モンスターのカーサスをどちらが多く倒せるか賭けをしていた。
それを見ていたヴィア主任とサイドさんが呆れている。暇だったからね…。
MP切れになったサイドさんは先にダンジョンを出て馬車に戻って行った。今日の実験のサイドさんの役割はサラマンダーに魔法でダメージを与える事。
トドメを刺さない事になっている。
この日の討伐はC級魔石が200個を超えていた。まぁこのくらいは行くよね。
200匹以上サラマンダーを倒したヴィア主任の身体能力は目に見えて変わっていた。朝に測定したジャンプ力と力は1.1倍になっている。
サイドさんは少しだけ変化が見られた。
ダメージを与えただけでもそれなりには効果があるようだ。
冒険者ギルドで魔石を納品した。
リーザさんから「私の臨時ボーナスのためにこれからもよろしくお願いします」と言われる。
まぁ良いけど。
ちなみにミカとの賭けは僕が負けた。プライドだけを賭けた戦い。負けると堪える。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日の朝も鍛錬後にジャンプ力と力を測定した。ヴィア主任って根っからの研究者なんだと思う。
焦土の渦ダンジョンでのサラマンダー討伐は安定していた。
今日もサイドさんはMP切れで休憩になる、ただし昨日より2発多く撃てた。
ヴィア主任はこの事からサイドさんのレベルが上がったのでは無いかと考察している。
今日もサラマンダーを200匹以上討伐した。最後の方のヴィア主任は目に見えて速くなっている。
2日連続の200個以上のC級魔石の納品にリーザさんはホクホク顔だ。
「毎日、ご馳走を作らせていただきますから、この調子でお願いします」
そうリーザさんに言われると頑張ろうかとなってしまうな。僕は全然倒してないけどね。
今回の納品でヴィア主任がCランク冒険者に昇格した。このままBランク冒険者を目指せば良いのかな?
冒険の後のジャンプ力と力の測定はやはりヴィア主任は格段に上がっている。
サイドさんは少しだけ上がっているようだ。
明日からはサイドさんもサラマンダーに接近戦をする予定。
その事はヴィア主任の鶴の一声で決まった。顔が少しだけ強張っているサイドさん。
研究の助手って大変。
やはり大人のヴィア主任とサイドさんがいると気持ちに余裕ができる。
安心できると言っても良い。こんな冒険者パーティなら良いなぁと僕は感じた。
リーザさんの作ってくれた晩御飯を食べ、ワインを飲みながらヴィア主任が話を始めた。
「最近はエルフによるダンジョン活動が停滞していてなぁ」
僕が尋ねる。
「どうしてですか?」
「なかなかエルフに向いているダンジョンが無いんだよ。エルフは風属性だ。金属性に弱く、他の属性はそれなりの相性だ。北のコンゴは金属性だし、南のボムズは食が合わない、東のアクロはカフェの街だ。西のカッターはエルフ排斥運動があるしな」
「王都はどうなんですか?」
「王都のモンスターは耐久力のあるモンスターが多いからな。風属性には厳しいんだよ」
だいぶ酔いが回ってきたのか、ヴィア主任は饒舌だ。
「ほとんどのエルフはカッターでダンジョン活動をしていたんだけどな。あんな事が無ければなぁ」
「あんな事ってエルフの排斥運動ですか?」
「アキくんとミカくんとパーティを組むなら話しておいたほうが良いな。あれは西の守護者のエアール公爵家とその分家のプライドが原因と思われる。風の属性は俺たちのほうが優れているってな。エルフの風属性は紛い物って奴らは言うから。その頃、私は知り合いに頼まれて冒険者ギルドカッター支部のギルド長をしていたんだ。エルフ排斥運動については、ダンジョン活動をしない貴族が何を言ってるって私は思ったよ。そう思っていたのだが、味方だと思っていた平民もその運動に多く賛同してな。考えてみれば、ほとんどの冒険者は魔法が使えない平民だ。それが魔法が使えるエルフの冒険者に対して鬱屈した思いを持った者がそれなりにいたようだ。あとは大きな流れに逆らえなかったよ。その時兄さんもカッターで魔道具職人をしていたんだが、兄さんは北のコンゴに逃げた。私は王都に逃げてきたんだ。私を擁護してくれた味方は結構酷い目にあったみたいだな。王都でどうするか悩んでいた時に研究所に潜り込む事ができて今に至るって感じだ。まぁ大して面白い話じゃないな」
そう言ってヴィア主任はグラスのワインを飲み干した。
「結構立ち直るのに時間がかかったな。軽蔑していた貴族の運動に、味方だと思っていた平民に裏切られた形だから。まぁ今は昔の事だからと、言い聞かせているよ」
そう言ってまたワインを注いで飲み始める。
僕は人との付き合いが少なかった。今年1年で新しくできた付き合いだ。裏切られた経験が無いからヴィア主任の心が実感できない。それでも辛かった事だけはわかる。
そう思いながら僕は食事を続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝の鍛錬をし、焦土の渦ダンジョンに向かう用意をする。
今日のサイドさんは昇龍の杖ではなく、昇龍の剣を装備している。サイドさんの顔は少し青褪めていた。
焦土の渦ダンジョンに入る。F級モンスターのカーサスが襲ってくるので軽く倒す。
サイドさんは大丈夫かな?
貴族は剣術を馬鹿にしているところがあるし、騎士団でもない魔法使いの人が接近戦をする事は無いしな。
左側からサラマンダーが出てきた。3匹いる。顔が蒼白だが昇龍の盾を構えてゆっくりとサラマンダーに近づくサイドさん。
サラマンダーの火の玉をしっかりと昇龍の盾で防いでいる。今のところは危なげない。
剣の間合いに入った。昇龍の剣を振り上げるサイドさん。確実にサラマンダーを倒していく。
サラマンダーが3個の魔石に変わった時、サイドさんはその場にへたり込んだ。
慌てて近づいたら、腰が抜けてしまったようだ。相当、緊張していたんだな。
ヴィア主任はそんなサイドさんに言う。
「だから問題無いと言ったろ! 早く次行くぞ! 次!」
僕は改めて研究の助手って大変だと感じた。
この日サイドさんはサラマンダーを150匹倒す。
ギルドポイントはサイドさんに全て付ける事にした。サイドさんは学校の授業でダンジョン活動に行くために冒険者ギルドに登録していた。ランクはGである。
C級魔石150個、ギルドポイントで150万ギルドポイント。いきなりDランク冒険者になってしまう。
このギルドポイントについては問題無いのかなぁ。
パーティの誰に付けても良い事になっている。
ギルドランクの特典はDランクで平民でも奴隷購入可、Bランクで貴族並みの扱いくらいだからかな。
でも僕が普通の平民をBランク冒険者にする事もできるよね。
でもそんなBランク冒険者なら冒険者ギルドも守ってくれないか。善意で成り立っているシステムかな。
白銀製のギルドカードを受け取って喜んでいるサイドさんを見ながら、そんな事を僕は考えていた。
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