第119話 ステータスカードの分解

 次の日、いつも使っている街の郊外の実験場所に向かう。

 昨日の荒れた天気が考えられないほどの快晴だ。

 ただし前日の雨のせいで道がぬかるんでいた。

馬車ではあまり進めず、いつもより長い距離を歩く事になる。

 今日は冒険時に履いているブーツで正解だ。

 ぬかるんだ林道に足を取られながら1刻2時間ほどで実験場所に着く。

 この実験場所もだいぶ蒼炎を撃ってきたため半円球の穴ぼこができている。

 そこは雨が溜まり、水溜まりになっていた。


 サイドさんがいつもの様に的を準備を始めた。

 前回の実験からダンジョン内で蒼炎を900発撃ってきている。

 900発のストレスで、蒼炎がどの程度の大きさになるのかを確認するのが実験の趣旨だった。


 今日は朝にシニアさんに自己紹介した。昨日僕はずっと少年と呼ばれていたからなぁ。


 実験の準備が終わる。

 僕は的を見据えて蒼炎の魔法の詠唱を開始した。


【焔の真理、全てを燃やし尽くす業火、蒼炎!】


 今日の蒼炎は自由だ。青空の下、楽しそう。

 蒼炎は自由を感じている。

 それは果てしない自由だった。

 僕の心もそれに影響されてか自由になっている。


「蒼炎は自由を感じています!」


 僕はいつも通り蒼炎の感情を伝える。

 蒼炎は半径10メトルくらいの蒼炎の大きさで回転した。

 2分弱で蒼炎は消える。

 ヴィア主任は、ダンジョン内使用で蒼炎に与えたストレスから、今日の一発目の蒼炎の大きさと持続時間を予測していた。

 実験はその予想の範囲内の結果である。


 満足そうなヴィア主任。その後ろには蒼炎の魔法を見て驚愕しているシニアさんとザルツさん。

 まぁこの規模の蒼炎の魔法を初めて見たらそうなるよね。

 少し経ち、落ち着いたシニアさんは怖い顔をして僕に近づいてきた。

 僕は少し萎縮する。

 シニアさんは僕の前で頭を下げて喋り出す。


「アキ殿、確かにこれは私達エンバラが待ち望んできた蒼炎の魔法に違いないと思われます。いや確実にそうです。できればこのままアキ殿にはエンバラに足を運んでいただきたい」


 蒼炎の魔法を待ち望んだ? 僕がエルフの里のエンバラに行く?

 シニアさんの静かだが有無を言わせない言葉に、圧力を感じながら僕は返答した。


「すいませんが今日はまだ実験もあります。それに僕は学校に通っているため、このままエンバラまで行くのは無理かと……」


 尻窄しりすぼみの僕の声。

 シニアさんは少し考え、提案する。


「いますぐは諦めた。学生なら夏に長期休みがあるだろ。その時に来てくれれば良い」


「夏の休みは予定を入れてしまっているんです。僕がエンバラまで行く理由は何なんですか? それを教えていただければ考えます」


「蒼炎の使い手はエンバラが長い間待っていた存在なんだ。アキ殿はソフィア・ウォレールの宿願を果たす存在であるという事だ。その辺の詳細はエンバラの長から話がされるはずだ」


 ソフィア・ウォレール!?

 【白狼伝説】のウルフの仲間のエルフの名前じゃないか!

 ソフィア・ウォレールは小説の登場人物の女性だが、憧れているエルフの名前を聞いて僕は舞い上がった。

 勝手に口が動く。


「行きます! 行きます! 行かせていただきます! 直ぐにでも行きたいです!」


 そんな僕を見て、ヴィア主任が諭す。


「アキくん、君は学生だよ。学校の授業があるだろ。8月まで待ちたまえ」


 ヴィア主任の言葉にシニアさんが反応する。


「ヴィアは何で邪魔をする。直ぐに行きたいと言うなら止める必要など無いだろ。だいたいお前は冒険者になってダンジョン活動をするからって言うから、お前が里を出るのを私は渋々許したんだ。それが何をやっている? まぁ今は蒼炎の使い手様の指導をしていると言うから叱責はこのぐらいにするが、お前の件は今度の長老会議の議題に上がるぞ」


 その後話し合いがあり、8月になったらエルフの里のエンバラに行く事になった。


 蒼炎の魔法の実験が再開された。

 僕はソフィア・ウォレールの話でワクワクしている。

 この後の蒼炎の大きさは2発目以降の通常の実験時の半径3メトルより広がり、4メトルほどであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


6月30日【白の日】

 この日の午前中はサイドさんの講義そっちのけで魔道具職人のザルツさんの手元に注目していた。

 ステータスカードの横に特殊な工具を入れていく。あんな薄いカードの横に工具を入れるなんて。

 ヴィア主任のお兄さんであるザルツさんは凄腕の魔道具職人のようだ。

 緊張感に包まれた時間が半刻1時間ほど過ぎた時、ステータスカードの裏蓋が開く。

 ステータスカードの裏蓋の裏には小さいながら、隷属の魔法陣の中央部分と同じ魔法陣が刻まれてあった。


「ありがとう、兄さん。これで蒼炎の魔法に感情がある事が殆ど確定になったよ。そればかりか隷属の魔法陣の解明にも一役買っている」


 ザルツさんにお礼を言うヴィア主任。

 ザルツさんはステータスカードの中を見ている。そしてピンセットでステータスカードの中から小さな魔石を取り出す。


「この魔石がステータスカードを動かすんだね。ステータスカードが反応しなくなったのは、魔石のエネルギー切れだと思うよ。ただこの魔石の欠片、今まで見た事の無いランクだ。たぶんA級魔石を加工してあるね」


 A級魔石は水宮のダンジョンと火宮のダンジョンのボスから獲得できる。

 今は冒険者ギルドに納品して持ってないけど。

 今はもう一度、ボスみずちとボスイフリートとは戦いたくは無い。


 ステータスカードを開けて、ザルツさんはコンゴに帰って行った。A級魔石が手に入ったらステータスカードに入れてくれる事を約束して。


 ヴィア主任のお姉さんであるシニアさんは、僕と一緒にエンバラに行くため王都に残っている。

 エンバラから連れて来ていた従者の1人を先にエンバラに戻らせ、僕らを迎える準備をさせるそうだ。


 7月中のヴィア研究室はうるさくなった。やる事が無いシニアさんがヴィア研究室に毎日来るからだ。暇さえあればヴィア主任を説教している。僕は日に日にやつれていくヴィア主任を横から見ていた。


 7月の末には前期テストが控えている。サイドさんは「どうせなら三本線(首席)を守ろうぜ」と言って、試験が始まる前までずっと試験対策をしてくれた。


 剣術は上達していると思うが、それ以上にミカの上達のスピードが早い。これが才能の差なのか。

 僕は【ミカ・エンジバーグ打倒計画第1号】の計画の見直しを迫られている。


 7月末の試験はつつが無く終わった。サイドさん様々である。


 8月1日【無の日】、僕とミカ、ヴィア主任、サイドさん、シニアさん、エルフの従者2人の総勢7名でエルフの里であるエンバラに向けて王都を出発した。

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