第118話 シニア・ウォレットとの出会い
ヴィア主任はザルツさんが出て行った研究室のドアを眺めていた。
ゆっくりとこちらに振り向き呆れた声を発する。
「皆んな、すまんな、騒がしてしまって。ステータスカードを開くのは早くて20日以上先の事になったな」
エサを取り上げられた犬のような顔をするヴィア主任。
僕は疑問に思った事を口にする。
「でも僕になんの用があるんですかね?」
ヴィア主任は少し考え始める。
自分の考えを纏めるように口を開いた。
「先程は姉さんが来るかもと聞いてパニックになってしまっていたな。里から兄さんが頼まれていた内容がおかしい。蒼炎の魔法が使える人がいた場合、里まで連れて行く事ってなんなんだ? まるで蒼炎の魔法の存在を前から知っていた感じを受ける」
「どこかで僕の蒼炎の魔法を聞いて、連れて来て欲しいって事じゃないんですか?」
「それなら頼み事の内容が【蒼炎の魔法を使える人を里まで連れて来て欲しい】になるはずだ。兄さんは確かに【蒼炎の魔法が使える人がいた場合に】と言っていた」
そう言われれば何となく違和感を感じる。
ヴィア主任は話を続けた。
「里は蒼炎の魔法の存在を以前から知っていた? それなら蒼炎の魔法について何かしらの情報を持っている可能性があるな。姉さんが来るかもしれないが、そんな事より蒼炎の情報の方が大事だな」
ヴィア主任のお姉さんかぁ。やっぱり綺麗なエルフなのかなぁ。ちょっと興味がある。
「ヴィア主任のお姉さんって、どういう人なんですか?」
「アキくん、すまん。姉の話をすると嫌な気持ちになってしまうんだ」
そう言うと、ヴィア主任は研究室奥の自分の部屋に入って行った。
横にいたサイドさんが僕に話す。
「ヴィア主任は実家のエルフの里について話を避けるんだよ。僕もよく分からないんだ。ステータスカードを開くのが遅れるのは残念だけど、そろそろ授業を始めようか」
僕はヴィア主任に新たなタブーが追加された事を理解した。
そして忘れないように心の中で反芻する。ヴィア主任のタブーは年齢と冒険者ギルドとエルフの里。
台風が過ぎ去った様な空気の中、サイドさんの講義が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6月に入りユリさんが我が家に帰ってきた。とても楽しかったようでお土産話をたくさん聞かせてもらった。
学校生活は
僕は勉強が好きみたいだ。特にリンカイ王国歴史は面白くてしょうがない。
冒険者を引退したらリンカイ王国歴史を自ら調べる研究者になるのも良いかもな。
クラスの最近の話題の中心は、6月の半ばに行われるダンジョンでの魔法実技の授業になっている。
赤、青、緑、黒のクラスから1名ずつでパーティを組む事になる。
そのパーティでダンジョンに行くそうだ。楽しそう。
赤のAクラスは21名、他のクラスは20名。当然のように僕はその授業から外されていた。分かってはいるが
剣術は日に日に上達していると思う。身体能力に振り回されていたが、だいぶ自分で身体をコントロールできるようになってきた。直線的だった動きも流れるような動きに変わってきたと思う。
ミカとの模擬戦では、まだ一本も取れていないけど。
蒼炎の魔法はダンジョン内使用とダンジョン外使用を定期的に行っている。
最近では蒼炎の感情がビンビン伝わるようになっている。ミカも同じような感覚みたいだ。
またミカは僕の感情が深く分かるようになっている。
僕のちょっとした感情の変化が分かるようだ。
はっきり言えば、嘘が通じない。こちらの感情が分かるのだから。
これはミカとの模擬戦に影響しないのか?
【ミカ・エンジバーグ打倒計画第1号】の計画に支障が出るような気がする。
ミカに土下座して、僕の奴隷を辞めるように頼む必要があるかも。
奴隷に土下座して頼む主人ってどうなんだろう。
そんな日常を過ごしていたら、台風と共に台風の様な人がやってきた。
6月28日【赤の日】
朝から激しい雨が降り、風が強い。朝の鍛錬は庭で出来ず、自室で素振りをした。
傘が役に立たず、家から学校まで近いのに学校に着いた時には下半身がずぶ濡れになる。マジックバックから着替えを出し着替えた。
朝のホームルームを終え、ヴィア研究室に行く。昨日、ダンジョンに蒼炎を撃ちに行ったので、今日の午前中は魔法史の講義をサイドさんから受ける事になる。
サイドさんから講義を受けていると、研究室の扉をノックする音がする。ヴィア主任のお兄さんであるザルツ・ウォレットさんと1人の女性が入ってきた。
ザルツさんは開口一番、「失礼します。妹のヴィアはいるかな?姉さんが来たと言ってもらいたい」と言った。
サイドさんは研究室の奥にヴィア主任を起こしにいく。
ザルツさんと一緒に入室してきた女性はエルフだった。
民族衣装なのか見た事の無い服装だ。ほんの少し黄色がかった白色で、複雑な刺繍が所々に施されている。
髪色は鮮やかな緑色、耳の先は尖っている。顔を見てヴィア主任のお姉さんと直ぐ分かった。似ている。ヴィア主任を少しキツめにした感じだ。
その女性は僕を一瞥すると口を開く。
「この少年が例の少年なのか? ザルツ?」
ザルツさんが慌てた様子で答える。
「はい、本人から蒼炎の魔法が使えると聞きました」
「聞くだけでは駄目だと言ったろ! 何でしっかり確認してこなかったんだ! お前はいくつになったんだ! これでは子供のお使いだ!」
「誠にすいません。早く里にお知らせする事を優先しました」
そこにボサボサ頭のヴィア主任が現れた。
そして皮肉を飛ばす。
「朝から私の研究室でうるさくしないでくれるかな? 姉さんは、もう少し常識を覚えたほうが良い。あ、産まれた時に母さんのお腹の中に常識を忘れてきたのかな?」
「ヴィア、あなたにはいろいろと言いたいことがありますが、今はこの少年の事が最優先です。少し黙ってなさい」
そう言ってヴィア主任のお姉さんは僕を見て話しかける。
「私はエンバラのシニア・ウォレットと申します。この度、エンバラの長の命令で貴方が蒼炎の魔法が使えるか確認に参りました。できたら早速確認させていただきたい」
丁寧ではあるが有無を言わせない雰囲気がある言葉だ。
エンバラってエルフの里の事だよな。僕は少しビクビクして返答する。
「今日はダンジョンに行く予定では無いです。明日、街の郊外に行く予定ですが今日の雨で道が悪くなっています。明日は中止になるかもしれません」
シニアさんは軽い調子で会話する。
「少年、何を言っているんだ。その辺で蒼炎を撃ってもらえれば良いんだ。隣りの学校には魔法射撃場があるんだろ? そこで見せてくれ」
「ダンジョン外の蒼炎の使用は国から許可が無いと使えないんです」
「国からの許可? ザルツ! そんな事は聞いていないぞ! どういう事だ! お前はまた魔道具作りに遊び
ザルツさんが青褪めた顔になり答える。
「その様なつもりは無かったのですが。結果として情報が不足してすいません」
シニアさんは「まあ良い」と言って息を一つ吐き、僕を見て話し始める。
「それでは少年、いつなら蒼炎の魔法を見せてもらえるのだ。早く確認したいのだか?」
「僕にはわかりません。明日、無理すれば街の郊外まで行けるかもしれませんが……」
「分かった! 明日だな! 明日またここに来れば問題ないな! ザルツ行くぞ! 明日またここに来る!」
そう言ってシニアさんは研究室を出て行く。ザルツさんは頭を一つ下げてシニアさんを追って行った。
ヴィア主任が深いため息をつき、僕に謝罪の言葉を言った。
「すまんなぁ。姉さんは命令する事しかないから、それに慣れてしまっていてな。明日は道が悪くとも街の郊外に行って蒼炎を見せるしかないな」
なかなか衝撃的なシニアさんとの出会いだった。
明日は道の悪い中での移動かと思い、少し憂鬱になった。
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