第99話 消えない薄皮の壁

 僕はヴィア主任に圧倒されていた。昨晩、不安の中で情報収集に行っていたミカを僕は待っていた。

 待っている間いろいろな事を考えていた。

 最悪王都から移動すれば良いとは思っていたが、学校生活は気に入っている。

 今後どうなるか? どうするか? 暗中模索だった。


 それがどうだろう。朝にヴィア主任に話をして、研究室でサイドさんとミカと雑談に華を咲かせている間にヴィア主任は簡単に解決策を提示してくれた。

 こんな事があるのだろうかと思ってしまった。


 ヴィア主任が僕とミカを見ている。少し怖い顔だ。ヴィア主任が口を開いた。


「君達2人には言いたい事がある。だが今日は私も疲れたよ。後日、しっかり説教させてもらうからな」


 有無を言わせない言葉だった。説教なんてされた事無いなぁ。少し楽しみだ。

 それにしてもヴィア主任は冒険者ギルド本部に人脈があるんだ。問題が解決したらその人にもお礼しないと。

 僕はヴィア主任に尋ねる。


「ヴィア主任、いろいろありがとうございます。それとヴィア主任は冒険者ギルド本部に人脈があるんですね。その方にもお礼を言いたいのですが」


 ヴィア主任は少し口籠もった。そして口を開く。


「まぁそうだな。それなりの人脈はあるんだよ。お礼の件はわかった。落ち着いたら紹介しよう。それでは私は自分の部屋に戻るよ。君達も今日は帰って大丈夫だ」


 そう言ってヴィア主任は研究室の奥のヴィア主任の部屋に戻った。

 サイドさんが近づいてきて僕たちに話す。


「ヴィア主任の冒険者ギルド本部の知り合いは現在のギルド本部長だよ。冒険者ギルドの中で一番偉い人だね。冒険者ギルドについてはあまりヴィア主任の前で突っ込まないで上げてね」


 なんでかな? サイドさんに聞いてみる。


「何かヴィア主任の前で冒険者ギルドの話をすると問題があるのですか?」


 サイドさんが僕を見て言った。


「ここだけの話、30年くらい前にヴィア主任は冒険者ギルドカッター支部のギルド長だったんだよ。だから【冒険者規則第35条、Bランク冒険者になった者は各支部のギルド長の助言を受け、ダンジョン探索に臨まなければならない】の助言がBランク冒険者をAランク冒険者にするためのものだって知ってるんだ」


 30年前!?

 ヴィア主任が冒険者ギルドカッター支部のギルド長だった!?

 頭が追いつかない。


「ヴィア主任はあんまり冒険者ギルドに良い思い出が無いみたいだから、そこは触れないのが良いんだけどね。今日はお疲れ様。明日は座学やるからね」


 それから僕とミカは帰宅した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 帰宅してユリさんに出頭要請の件が落ち着くまで危険性があると伝えた。


 ユリさんは父親と母親と一緒に王都に来ているが実家は西の中央都市のカッターだそうだ。

 最近、祖父と祖母には会っていないと以前言っていた事を思い出したので、この機会にユリさんはカッターに行く事になった。当然、旅費は僕がもった。


 カッターまでは馬車で7日間かかる。

 せっかくなので5月いっぱい休暇にしてもらった。その間の給金も保証した。

 急な予定だったがユリさんは明後日カッターに出発する事になった。


 ユリさんがいない間の家事はミカと2人で協力する事にした。学校の食堂は朝から夜までやっており食事の心配はあまりしなかった。


 ミカと今日のヴィア主任について話しあった。ミカは今日のヴィア主任の外見の変わり様と颯爽とした語りに憧れると言っていた。


 ベッドに入り目を閉じた。まぶたの裏に今日のヴィア主任が浮かんだ。なんか心があたたかくなった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 朝の鍛錬をする。ミカと久しぶりに模擬戦をした。全く相手にならなかったが、僕は悔しくなく、ミカを誇らしく感じた。


 今日の授業は午前中はサイドさんの講義。昨日休んでいた午後の分の座学の魔法体系概論を教えてもらった。


 サイドさんにユリさんが明日からカッターに行くことを話した。

 家の防犯については、侵入者に電流が流れる魔法陣を購入して設置している事を伝えた。

 サイドさんは嬉しそうに「あの魔法陣の開発は僕も協力したからね。自慢の逸品だよ」と言っていた。


 こちらの体制はある程度形にはなった。それに伴い冒険者ギルド本部は動き出す予定を立てた。

 冒険者ギルド本部からギルド長のビングス・エアードに僕たちの出頭要請を破棄させるのが明日の午後と決まった。

 明後日には冒険者ギルド本部から冒険者ギルドセンタール支部に強制立ち入り検査をするそうだ。


 今まで本部はギルド長のビングス・エアードにバレないように内偵を進めて来たが、側近の証言を得たため予定を早めたそうだ。こちらが動き出したら、危険性が上がると言われた。

 ヴィア主任の説教は明日の午前中に設定された。


 午後はクラスで魔法史の授業を受ける。前の席のシズカはウザかったがいつも通りスルーした。


 自宅に帰りご飯を食べ、お風呂に入るやっぱり何か落ち着かない。早い時間だが寝るために自室に行った。


 明日の午前中にユリさんはカッターに向けて出発する。午後に僕たちの出頭要請を破棄させる。

 その後は焦ったビングス・エアード側の人間が、強引な手法で僕たちの家を襲ってくる危険性が上がる。

 事が落ち着くまで安心な夜は今日までと思い就寝した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 今日もミカと一緒に朝の鍛錬をした。鈍っていた身体もだいぶ動けるようになっていた。

 ユリさんが朝食の後にミカがいないところで僕に話しかける。


「今日の午前の馬車でカッターに行ってきます。祖父と祖母に会うのが久しぶりで嬉しいです。お土産いっぱい買ってきますからね」


「道中、気をつけてね。楽しんできてください」


 僕がそう返すとユリさんは軽く笑顔で言葉を返した。


「お休みは5月いっぱいのため、アキさんとミカさんの誕生日が当日にお祝いできなくて、すいません。ミカさんと2人でいっぱい楽しい思い出を作ってくださいね」


「ありがとう。楽しんでみるよ」


 ユリさんは真剣な顔になって僕に言った。


「本当に楽しんで来てくださいね。最近ミカさん少し元気が無いし、チョーカーを触りながら寂しそうな顔を良くしてますからね」


 ユリさんは一緒に過ごしているから、僕とミカとの間に、薄皮の壁があることがわかるんだろう。

 僕は頷いて登校の準備を始めた。


 今日は朝のホームルームで担任のシベリー・ファイアードの機嫌が最高潮に悪い。言葉がキツいし、怒り出す。ホームルームが終わってシベリーさんが教室を出るのを見計らってシズカに聞いてみた。


「今朝のシベリーさん、とても機嫌が悪かったけど何か理由知ってる?」


 シズカが暗い顔をして言った。


「お父様が無理矢理シベリーさんのお見合いを設定したみたいなの。それで荒れているんでしょうね」


 これから赤のAクラスの皆んなはシベリーさんが受け持つ魔法実技の授業だ。

 僕はシズカに「魔法実技の授業、頑張ってね」と言って教室を出た。あんなに荒れてるシベリーさんの授業など受けたく無いと思いながら。


 僕はミカと2人で学校の隣りの研究所に行く。

 今日の魔法実技の授業はヴィア主任の説教予定だ。果たしてこれは授業と言えるのだろうか?

 そう思いながらもヴィア研究室の扉を開けた。

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