第100話 ヴィア主任の説教

 最近ではヴィア研究室に入る時にノックはしない。いつも誰も返事をしてくれないからだ。

 朝の挨拶を扉付近ですると、今朝もサイドさんが研究室の奥から出てきた。


「もうちょっと待ってね。ヴィア主任は今起きたところだから」


 サイドさんはそう言ってお茶を入れてくれた。サイドさんは僕とミカを見て話す。


「今日はヴィア主任の説教予定だからね。僕からも2人に言っておくよ。もう少し僕らを頼ってね。僕たちは既に仲間じゃないか? 仲間が困っているのに相談されなかったら寂しいよ。僕の力は微力だけど、少しでも仲間を助けたいと思っている。じゃ、僕の言いたい事はそれだけ。後はヴィア主任に任せるよ」


 そう言ってサイドさんは自分のデスクに戻り研究を始めた。


 少し経つとヴィア主任が来た。

 今日はサラサラの髪に洗い立ての白衣を着ている。

 特徴的なエルフの耳を見て、僕の頭の中では【白狼伝説】の主人公の仲間を思い出していた。

 ヴィア主任は僕らの前に座り話し始めた。


「よし、2人揃っているな。今日は是非、君達に考えて欲しい事があるんだ。まずは君達が最悪な場合は王都から移動するって言った事に対してだ。アキくんはどうしてそう思った?」


 改めて言われるとなんでだろう? やはり危険な事から避けるためだろう。

 僕は思った事を言った。


「パメラさんの不穏な雰囲気と、ギルド長から出された出頭要請に対して、何か問題が生じそうな印象を受けました。もし危険性があるのなら王都から他の街にいつでも動こうと思いました。冒険者は自由ですから」


 ミカが僕に続けて言った。


「私はアキくんの事だけを考えました。アキくんの安全が何より大事です。少しでも危険があるのなら避けるべきと考えました」


 その言葉に対してヴィア主任が言った。


「まずはアキくん、冒険者の自由の意味が分かっていない。自由って言うのは他人に迷惑がかからないのなら、自分の好きな事、やりたい事をやるって事だ。まず君が王都を移動すると私に迷惑がかかる。今までヴィア研究室でかかった労力が全て水の泡だ。もし君がどうしてもそうしたいのならそれはしょうがない。しかし君は王都魔法学校で学びたいのではないか? それが君のやりたい事ではないのか? 王都を移動すれば、他人に迷惑をかけて、自分のやりたい事もできない。そんなものは自由とは言わないし、言わせない!」


 ヴィアさんは一回息を吸って、優しい口調で僕に話しかける。


「危険性から逃げる事は否定はしない。時には逃げる事が必要な時もある。だけどいつも短絡的に逃げる事ばかりしていたら、逃げ癖がついてしまう。他人に迷惑をかけても何とも思わなくなる。自分のやりたい事ができなくなっていくんだよ。私はそんな大人に君にはなって欲しくない」


 ヴィア主任は次にミカを見て話す。


「次にミカくんだ。確かにアキくんの安全を最優先したことは、それ程間違っていない。まぁ私としては、ミカくん自身の安全も同じように最優先して欲しいけどな。でもその選択がアキくんの幸せに繋がるのか考えて欲しい。その選択は本当にアキくんを笑顔にさせるのか? 安全ばかり追っていたら面白味の無い人生を送る事になるぞ。安全性と君達の幸せをバランス良く考えて行動して欲しいんだ」


 ヴィア主任は僕とミカに視線を走らせ言葉を続ける。


「まぁまず言いたい事は、安全性は分かるが安易に逃げる事を選択するなって事だ。自分達のやりたい事をしっかり理解して、それを軸に検討して欲しいんだ。逃げることが自由では無いと理解して欲しい」


 ヴィア主任は真剣な顔で話を続ける。


「次に自分達だけで何とかしようとした事だ。私はアキくんの生い立ちを詳しく聞いている。ミカくんは分からないがある程度の推測はできる。ミカくんは戦争によって捕虜になり、身代金を払ってもらえず戦争奴隷になったんだよな。貴族が家族の身代金を払わないなんてよほどの事だ。ましてや国からも身代金が払われなかった。家族や国から捨てられた感情を持つかもしれない。また異国の地で戦争奴隷の立場に不安もあったと思う。この辺の心情は察して余りある」


 悲しそうな表情になったヴィア主任。静かに言葉を重ねる。


「そんな時、君達は出会っている。お互い1人ぼっちだったと推測する。周りを信用できない2人が主人と奴隷という絆で結ばれた。それは強固な関係になっただろう。君達2人をいつも見ていると良く分かるよ。しかし周りを信用できなくなってないか? ミカくんはアキくんより年齢が4歳上だ。そのためアキくんを自分が守らなければならないと強く感じているはずだ。でも1人で守る必要は無いんだよ。皆んなで協力して守れば良いじゃないか。肩の力を抜いて一度考えて欲しいな」


 僕の顔を見てヴィア主任が言った。


「アキくん、君は15歳の学生だ。成人になるまではいくらでも周りの大人に甘えたまえ。苦しい時、困った時、悲しい時は素直に相談してくれ。それは当たり前の事なんだよ」


 ヴィア主任は、僕とミカを見て笑顔になって言った。


「君達には信頼できる仲間を増やして欲しいんだ。私はその仲間に既になっていると勝手に思っている」


 デスクで研究をしていたサイドさんにヴィア主任が声をかける。


「サイド、説教は終わりだ。こないだ本部からもらったお菓子があるだろう。皆んなで食べようじゃないか。湿った話の後はお菓子を食べながらの軽い雑談に限る」


 そう言ってヴィア主任は、サイドさんの恋愛話を始めた。慌ててサイドさんがヴィア主任の口を閉じさせようとしていた。

 余った午前中の授業はサイドさんを入れて4人で楽しく雑談をして過ごした。

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