第三十七話「侵攻」前編

 王女殿下御一行を領堺りょうざかいまでお見送りして城へ戻り政務を行なっていると、伝令の一人が血相を変えて大広間へと飛び込んできた。


「急報にございます!! 国境くにざかいより、グンマの大軍が国境近くに続々と集結しつつあり!! トウミへ進軍するものと思われる、とのことでございます!!」


 その言葉に広間にいた文武官達に衝撃と動揺が走り、場が乱れる。


「敵の数は?! 大将は誰かっ!?」「このトウミへくるまではいかほどかかるっ!?」「本当にトウミか?! ケナシ峠を越えてコモロへ進軍する線はっ!?」


「静まれ――」

 片手を軽く挙げてそう発すると、文武官は皆ピタリと口を閉じた。


「敵の数は?」

「私がいた段階で五千以上! まだ続々と集結しつつあり、有に一万は超えるものかと!!」


 皆が静かに息を飲んだ。


「うむ、よく知らせてくれた。しばし休むがいい。誰か、急ぎ国境の兵に警戒を強化し敵の動きを注視し、一挙手一投足を見逃さぬよう、そして、なにかあればすぐに私へ知らせるよう伝令を」


「「はっ!!」」

 伝令は広間を出て行き、次いで私はあえてゆっくりと、余裕を持って文武官を見渡し口を開いた。


「皆、落ち着くのだ。一万を擁する大軍が集結してこのトウミへ来るまでには、どれだけ急ごうとも三日はかかろう。まず文官達は現状を認めた援軍要請の書状を早馬で王都、そして各管区に出すのだ」


「「「はっ!!」」」


「そして領民兵及び軍馬の徴集令を発布し、徴集された人馬の数、城内の金銀兵糧、そして武具の数を正しく計算するのだ」


「「「はっ!!」」」


「次に武官は文官と協力し、ただちに徴集された領民兵と軍馬を率い戦に備えよ」


「「「はっ!!」」」


「たっ、大変です! グンマ軍侵攻の話を聞きつけた領民達数万が城外に集まっております!!」


「……なに?」


 何事かと私やエルシラ、レイナルド、アフギ、カクサ含めた城の文武官が皆私の後に続き城門の上へと足を運んだ、するとそこには、報告通りこのトウミに住む民達が集まっており、皆は出てきた私を見て声を上げた。


「御領主様!! 俺達も戦います!!」「私達も戦います!!」「戦わせてください!!」「我々を救ってくださったのはライゼン様です!! 今度は我々がライゼン様をお救いする番です!!」


 皆、私のために戦おうと、口々に叫んでいる。女も子供も老人も、皆関係なく――


「…………」

 私は片手を挙げた。すると、皆がピタリと口を止める。


「皆の気持ち、このライゼン、とても嬉しく思う! だが、其方等が戦う必要はない! 何故なら私はこのトウミの正規兵と、領民兵がおれば、それだけで敵を完膚無きまでに討ち倒すことができるからだ!」


 皆に聞こえるように声を張り上げる。


「「「うおおおおお!!!! ライゼン様っ!! ライゼン様っ!!」」」


 地鳴りのような歓声が上がる。


「故に、其方等は、静かに家を守り、徴集される兵や軍馬の義務ある者あらば、素直に差し出し、そして勝利し凱旋する我々を迎える宴の準備をしておくのだ!!」


「「「わぁ――!!」」」

 そうして私は手を振って城へと戻った。


「流石は主様、民の心を一つにまとめられましたね」

 プレセアが感動したように口を開いた。


「うむ、全て義理堅き民達のおかげだ。これで民が恐慌状態に陥る不安はなくなった」


 そうして慌ただしく二日が過ぎ、物見の報告により総勢一万三千を擁するグンマ軍がトウミへと進軍を開始し、明日には国境を越えトウミへと辿り着くという頃、領民兵や軍馬の徴集も完了し調練に励ませる中、私はエルシラ・プレセア・レイナルド・アフギ・カクサといった文武官の代表等と、篭城か決戦か、それとも一旦総構えとなっている区都ジョウショウへ領民を伴って退避するかを、机の上に広げられた地図を見ながら話し合っていた。


「大変でございます!!」

 伝令の兵が血相を変えて広間へと飛び込んできた。


「何事か?」


「ジョっ……ジョウショウ軍がトウミとの領堺を全て封鎖しましたっ!!」

「なんだって?!」

 その報告に最も驚いたのはプレセアだった。


「奴等目は軍人領民関係無く、ここを通ろうとする者は敵前逃亡罪にて全て切り捨てると一方的に通告し、現に私の目の前で、無理に通ろうとした民が無残にも斬り殺された次第でございますっ!!」


「なんてことをっ……管区長は正気かっ!?」


 憤慨するプレセアだったが、長年トウミに住むエルシラやレイナルド、アフギ、カクサは、やはりな……といったように諦めた表情を浮かべていた。


「プレセア殿、怒るのは最もだが、参謀たる者、常に冷静でいられよ」

「っ! エルシラ殿……すまない、少し頭に血が昇ったようだ……」

「いえ、プレセア殿が我等のために怒ってくれたこと、嬉しく思います」

「エルシラ殿……」


「エルシラの言う通り、今怒っても仕方あるまい。愚かな管区長はこの戦に勝ってから、存分に弾劾してくれよう。ご苦労であった。下がってよいぞ」


「はっ!」


「税率や法のことで管区長殿には恨まれているとは思っていたが、ここまでとはな」

 私の軽口に笑う者はいなかった。


「失礼します! ギネヴィア殿が御領主殿へ火急の用があるとのことで、面会を求めております!」


「通せ」


「はっ!」


「お久しぶりでございますわ御領主様」

「久しいなギネヴィア。して、用件とは?」

 通されたギネヴィアは私の言葉には答えず、チラリとエルシラ達を見た。


「ギネヴィアよ、我が側へ」

 ギネヴィアは私の目の前に立つと、私の頬に口付けするように顔を近づけ囁いた。


「残念なお知らせですわ。どの管区も、トウミへ援軍を出すつもりはないようです。それどころか、トウミとグンマで潰し合わせ、トウミ軍が壊滅した後に損耗しているグンマ軍へ反撃しよう。と、各管区長が口裏を合わせているそうですわ――」


「……国王陛下の御命ごめいは?」

「貴族達によって握り潰されたようです」


「…………なるほど」

 伝令の報告とギネヴィアの情報により、私の中で一つの結論が出た。 


「ありがとうギネヴィアよ。其方の情報のおかげでこの度の戦、どうすればよいか、その解が出た」


「お役に立てたなら何よりですわ」

「其方はトウミを出て行かぬのか?」


 ギネヴィアの人脈があれば封鎖されている領境を越えることは難ないであろう。


「まさか、戦の前と後は娼館のかき入れ時なんですのよ?」

 ギネヴィアはそう言って妖艶な笑みを浮かべた。


「うむ、ならば期待して待っているがよい。戦の後は、其方の店に入りきらぬほどの男達が殺到するであろう」


「ふふっ、期待して待っていますわ」

 そうしてギネヴィアは広間を後にして行き、入れ違うようにまた新たな伝令が広間へと飛び込んできた。

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