第三十五話「再会と女子会」前編
「ライゼン殿、トウミの幸を活かした晩餐、とても美味しゅうございましたわ」
晩餐を終えた殿下は世辞ではなく、心底満足気にそうおっしゃった。
「はっ、殿下にご満足いただけましたのならこのトウミ、そしてこのライゼン、光栄の極みにございますっ」
「ふふっ、ライゼン殿とはいつまでお話していても飽きがきませんわ。むしろ、ずっとお話していたいと思ってしまうほどです。陛下やカサンドラがライゼン殿のお話ばかりされる理由が分かった気がしますわ」
「でっ、殿下……」
そこで初めて殿下の後ろに控えていたカサンドラが恥ずかしそうに口を開いた。
「カサンドラにも苦労をかけます。王宮にいますと、嫌なことばかりですの。権謀術数は仕方ないにしても、それを踏まえても、ライゼン殿のように爽やかなお方はいらっしゃいませんわ。皆腹黒く、例え褒め言葉だとしても、その言葉の裏を読まねばならない生活が毎日毎日……正直、疲れてしまいますわ……」
殿下は本音を吐露されるようにため息をつかれた。
「殿下の御苦労……このライゼン、想像することしかできませぬが、そのお労しいご心中、お察し致します」
「陛下も私も、開明改革を成すために日々苦慮しておりますが、思うように行かず、正直、手詰まりですの……そのような中でこのトウミに、開明的領地を築き上げたライゼン殿は、陛下や私にとって希望の光であり、まさに、この国の希望の光ですわ」
「それは……過分なお言葉……身に余る思いでございます――」
「ライゼン殿、私は貴方へ世辞でこのようなことを行っているのではありません。貴方も私の真意が分かっていると思います。陛下も私も、内よりも外から、つまり、王宮よりもこのトウミから王国の開明改革が行われるのだと、このトウミが開明改革の立脚地となると考えているのです」
「はっ!! このライゼン、国王陛下、そして王女殿下の御期待に応えるため、
席を立ち、跪いて上座に着席されている王女殿下へ頭を下げた。
「ふふっ、面を上げ立つのですライゼン殿。貴方には期待していますよ。そして、一つ、私からお願いがあるのですが、聞いてくださいますか?」
「なんでございましょうか?」
「私の近衛隊長であるカサンドラは、かつて士官学校で友人であったライゼン殿と積もる話があるようで、そして私は、貴方の親衛隊長であるエルシラや参謀である開明派の名士、プレセアとの交流を深めたいと思っておりますの」
「でっ、殿下っ?」
カサンドラは初耳だったのか驚いた顔で殿下を見た。エルシラやプレセアも自分達に殿下が自らお声をかけられるなど思っても見なかったようで、驚きに言葉を失っていた。
「殿下のお望みどおりに」
「「主様っ?!」」
私の返答にエルシラとプレセアが同時に声を上げた。
「では、後はお部屋で、エルシラにはライゼン殿の賊退治のお話を、プレセアにはこのトウミでの施政のお話をしてもらいたいですわ」
「二人とも、くれぐれも殿下に失礼のないようにするのだぞ」
「「はっ!!」」
「カサンドラ、貴女も今宵は任を解きます、思いゆくまで語り明かしてきなさい」
「はっ! お心遣い、感謝いたしますっ!」
「それでは、続きは私の部屋で、エルシラ、案内してくださるかしら?」
「はっ!」
そうして王女殿下とエルシラにプレセアと近衛兵達は寝所へと向かって行った。
「……さて、ではこちらも私の部屋で話すとするか」
「そっ、そうねっ」
「どうしたカサンドラ? そんな上擦った声を出して」
「な、なんでかしら? ひ、久しぶりにライゼンに会ったからかな? 少し緊張してるのかも……」
頰を赤くしたカサンドラは長い一本縛りの髪を揺らしながら頭を振った。
「私達は何年も寝食を共にし、切磋琢磨しあった親友同士、なにを緊張することがあるんだ?」
「そっ、そうなんだけどさ」
それでもカサンドラはもごもごとしていた。
「確かに、互いに責任ある立場故、その緊張も分からないでもない。だが、私は純粋にまたカサンドラとこうして話すことができて嬉しい。緊張しているのならなにか酒でも飲むか?」
「ううん、殿下にお気遣い頂いたとはいえ任務の途中だから」
「うん、流石はカサンドラだ。ルーティーよ、後で部屋に二人分の茶を運んでくれ」
「かしこまりました」
そして二人で私の私室へと赴き、茶の置かれた卓の椅子に対面で座った。
「変わりはないか? カサンドラ」
「うん、確かに立場はできたけど、私自身はあまり変わってないわ。それよりもライゼンよ」
「? どういうことだ?」
「なにを言っているの、卒業してからの貴方は飛ぶ鳥を落とす勢いの大活躍じゃない。トウミに赴任してから一月も経たずに賊を成敗して、十大貴族であるサルバルトール家を廃絶に追い込んで、城主から領主に昇進して、僅か一年も経たずにトウミをここまで発展させた。同期達は出世頭の貴方にみんな嫉妬しているわよ」
「ふふっ、ありがとうカサンドラ。だが、出世でいうのなら、カサンドラこそ、その若さで王女殿下の近衛隊隊長だ。私のことは言えないだろう?」
「私は……ほら、家のこともあるから……」
カサンドラはそう応えつつ少し暗い表情を浮かべた。
カサンドラの生家であるベネディクト家は十大貴族の一つに数えられる名門貴族であり、きっと自身が近衛隊長になれたのは、純粋な実力ではなく実家の威光のためだと思っているのだろう。
「そのようなことはない。出会った時からカサンドラは美しかったが、歳を重ねる度に美しさを増し、そして、半年ぶりに見たカサンドラは、前よりももっと美しくなっていて驚いたよ」
「な……っ」
突然の言葉にカサンドラはボッと顔を赤らめた。
「いっ、今の話と私の顔はかっ、関係ないでしょっ!」
「いいや、大ありだ。卒業時のカサンドラの顔にはまだ甘さが残っていた。だが、今は違う。まさしく顔付きが一武人のものとなっている。凛々しく、
「あっ……ありがとう……ライゼン……私のことをそう評してくれるのは貴方だけよ……」
カサンドラは真っ赤になって俯いてしまった。
「それは口さがない連中が嫉妬しているだけだ。気にすることはない。カサンドラは、私と愚かな貴族共の言葉、どちらを信じる?」
「そ……それは勿論、ライゼンの言葉を信じるわよ」
「ありがとうカサンドラ。私もだ。王宮に跋扈する鼠輩や
「……ふふっ、ありがとうライゼン……やっぱりライゼンは凄いね……いつでも私の心を見抜くんだから――」
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