第10話【決着】
「もう一度、彼女の匂いか霊波を探知できませんか?」
「無理言わないでよ、巽もあたしもクタクタよ」
他に打つ手はもう無いのだろうか。
「こうなったらもう、警察の手は借りたくないしね」蓮は後ろで腕を組みながら口を尖らせる。
「あのぅ、一度、
「そうだね、仕切り直すか巽っち」
「巽が言うならあたしに異論はないわ」
自分は……正直もっと何かやれないか試したい。
何で俺は霊感ゼロなんだ。
革靴で地面を蹴る、砂埃が舞った。
帰る前にあの男性に挨拶しておこうと足を向ける。
緊張して、少し顔が
「みなさん先にバス停に行っててください。地主の方に挨拶してきます」
三人は
携帯端末をいじる。ここに来てもう三時間半は経っていた。
「すみません、心霊庁捜索課保護係の不動公平です」
「えっ、ああまだいたの」
男性はまた例のお茶を飲んでいた。
「救援物資ですか、良い香りですね」
「やらないよ」
「ええ、それより聞きたいことがあります」
「何かな?」
「俺は霊感ゼロなんです」
「ほう、珍しいね今どき。と言っても自分も少し感じるだけだけどな。それで? 訊きたいことって」
「俺は何も感じません。けど、何であなたは『瓦礫のない所を避けてた』んですか?」
「えっ、いや、その」
「もしかして、震災で亡くなった浮遊霊を避けたんじゃないですか?」
「それはそうだよ」
「なら、なんでさっき感じるだけと仰ったんですか?」
「しつこいな、何の意味がある。この問答に。役人風情が」
「あなたが元捜査員のストーカーなんですよね」
男の顔が途端、歪んだ。目ヤニの溜まった血走った眼、無精髭の生えた四角い顔は今や何かに取り憑かれているようにさえ公平には観えた。
「なら、死ぬか? お前も。男を殺すのは初めてだよ」
腰のベルトからタオルでくるまれた出刃包丁がサッと出てきた、タオルがはだけ落ちる。一歩、踏み込んできた。
後ずさりゴクリとつばを飲む。
男はここだ。と、腹の辺りを突いてダッシュしてきた。
当たる。ガギッという金属音。突き刺さらない包丁に男は目が点になる。
ちょうど横から影が入ってきた。蓮だ。細い脚が伸び、革靴の爪先が男のこめかみにめり込む。
前のめりに男は倒れた。埃が辺りに舞う。
包丁は布手袋を出し慎重にハンカチに包んだ。
男は白目をむいてだらしなく弛緩し、体はうつ伏せになった口から涎が垂れていた。
作戦成功。
一か八かの賭けだった。
携帯端末で簡単に合図と指示を出しておいて良かった。
腹をコンコンと叩く。
あの時に拝借した鉄板が入っていた。
「やるじゃないあんた」
影から見守っていた堂本姉弟も現れる。
巽はしゃがんでツンツンと人差し指で犯人の男をつついていた。
「それにしても、驚いたわ。地主の男がストーカーだったなんて。よく気づいたわね」
「霊感ゼロですからね、視える人と視えない人の区別はすぐつきます。この男は明らかに視える人、それも心霊庁捜索課保護係にいる人達と遜色ないくらいに視えるんだなと思いました」
「いつ、気づいたのよ」
「最初は視える一般人だと思ってました。ある意味優秀なのかなと。けど、救援物資のジュースのときです。俺達にはジュースで、彼だけお茶だった。嗅いだことのない香りの」
「なんか腹立つわね、匂いであんたに先を越されるなんて」
「霊の匂いは分かりませんけど、被災者の割に珍しいものを飲んでるし、腰から背にかけて膨らみがありました。何か挿れて待ってるのは判りましたけど、さすがに決め手はなくて」
「最後は賭けたと」
「はい。俺との会話は携帯端末で聞こえてるはずだから間違えて怒られたとしても最初にもう怒られてましたしね。助けも期待してましたよ。瓦礫撤去作業の時も、着いて行かなかったのは見張るためと、この鉄板で身を護る準備です」
「あんた、とんだ食わせ物ね」
「まぁいいじゃん巴っち、これで警察にデカい態度とれるよ」
「それはいつものこと」
「た、巽〜」
一人を除いて笑いあった。
蓮が持ってた結束バンドで犯人を縛り、尋問する。
その内容は、辟易するものだった。
しかし女子高生を助けるために脅したりなだめたり、あの手この手で詰めると、根負けしたのか、ついに吐いた。
男の半壊した家の地下貯蔵庫に幽閉していた。
「さすがにここは匂いも霊波も遮断されるわ」
携帯端末のLEDライトで照らすと、蓮が声をかけようとして巴が止める。
警戒するでしょ男が呼んだらと言って女子高生に対して検のない優しい声で呼びかけた。
蓮が触れようとすると、ラップ音がした。
「大丈夫よ、あたし達は心霊庁捜索課保護係。あなたを保護しに来たのよ」
視えない公平には何が何やら分からないまま昇魂寺へ行く手配を巽が。
巴は蓮の方へずっと語りかけていた。多分、触れられる蓮の横に女子高生が居るんだろう。
いたたまれず瓦礫の山に登る。
夕日が紫色に変わっていた。確かマジックアワーというやつだろう。斑な空を見つめ続ける。
「不動さん、車が空いたので来れるそうですよ」
巽がいつの間にか横にいた。
「もしかして、霊柩車?」
「さすが、なんで分かったんですか?」
「いや、それはマジで冗談のつもりだったんだけどね」
不動公平の初任務はストーカー逮捕、女子高生の霊体保護で幕を閉じる。
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