第6話


 四人はバスに揺られて旧学生寮があった地区へ赴いた。

 バスを降りると所々、半壊、全損したアパートが軒を連ねていた。

 何度見てもいたたまれない。

 公平は一通り見回す。すると箒でガラス片などを掃除していた五十代前後の男性を見つける。

「すみません、心霊庁捜索課保護係の不動公平です」

「へ、あはい」

「この辺でまだ生活されてるアパートの方、知りませんか?」

 すると顔を紅潮させた男性は、みんな死んだよと怒鳴る。

「私は地主として功徳市から後片付けを頼まれた。でもどうだ? こんな状態を俺一人でどうしろと? あんたも役人なら何とかしてくれよ」

 公平は汗が止まらなかった。ハンカチを強く握る。

 悪気もない頼み、この人も必死。何を悠長に聞き込みをしてしまったのだろう。

「心霊庁って言ったな。死んだ者は帰ってこない。生きてる者を、俺を助けろよ」

 何も言葉が出てこない。押し黙るしかなかった。

「なあ、聞いてるのかね? 死んだ者に税金を使うぐらいなら俺にその金を寄越してくれ」

 誰か、いや……他人に期待するのはやめただろ。

 自分で何とかしないと。

 そう意気込んだ時、肩を叩かれた。

 振り向くと、つばの広い黒いハットを被った背の高い喪服を着た男性が微笑んでいた。

「そのお悩みごもっともですね。死者に税金を使うのなら生きている者に優遇して税金を投入する。わたくし汗顔の至りです」

「誰だあんた」

 被災者の男性が疑問を代弁してくれた。

「申し遅れました、わたくし南海トラフ巨大地震復興支援大臣・宇佐美倫太郎うさみりんたろうと申します」

 絶句した。男性もポカンとしている。

 大臣がなぜここに? 秘書も連れずに。

「被災者の声を聞くのが私の仕事です、こんな役人はほっといて私が話を聞きましょう」

 そう言って、彼は葉巻を差し出す。

 物資も滞りがちでしょう、嗜まれますか?

 おお、ありがとうありがとうと被災者の男性は目に涙を浮かべて二人して葉巻を吸い出した。

 啞然としながら、時には男性は笑い声もあげていた。

 それにしても、こんな役人って……言い方があるだろう。

「一人でナニ突っ走ってるのよあんたわ」

「堂本さん」

「巴でいいわよ、巽も堂本だし。呼び捨てにしたら踏むわよ」

「と、巴さん。どういう」

「あの人は本物の復興支援大臣よ。私達心霊庁と復興庁の橋渡しをしてくれてる」

「でも……」

 何かモヤモヤする、それを言語化出来ない苛立ちを、帰ってきた彼は断つ。

「君が新人の不動公平くんだね」

 振り向くと葉巻を口に咥えた宇佐美倫太郎がネクタイを緩めてニヤリと笑っていた。

「いやぁ、疲れるよなまったく。君達は君達で一生懸命に奮闘してるのに」

 労いの声だった。でもさっきは……

「ん? ああ、お題目だよ。被災者の声を無下にする訳にはいかねえからな。とりあえずお前さんを悪者にして矛を収めてもらったよ」

 また煙を吐きながら笑っている。

 どうやら心霊庁への悪意は全く無いようだ。

 もし宇佐美倫太郎氏が居なかったらどうなっていたか。ゾッとする。

「あ、ありがとうございます宇佐美大臣」

 素直に頭を下げた公平に、チョップが振り下ろされた。

「テメエの尻拭いしてやったんだから一つ借りだぜ?」

 ニヒルに口角を上げた彼の善悪の区別が解らない。

 いや、善人だけを相手にしてたら片手落ちだ。国民の半分しか救えない。清濁併せ呑む器量がないと、復興支援大臣なんてやれないのかもしれない。

「コイツは、真面目なのか? 蓮」

「だね〜頭でっかちかも」

 二人で呑気に笑い合う。

 知り合いなのか。蓮は何年この仕事をしてるのだろうか。見た目では分からなかった。

「ねえ宇佐美の旦那、何でここに?」蓮が至極真っ当な質問を告げる。

「復興支援大臣が視察に来ちゃ悪いか?」

「秘書も連れずに?」

「まぁ、お前の班のメンバーなら言っても構わねえか」

 四人が見つめる口から発せられたのは。

「実は一通のメールが来てな、差出人はUnknownアンノウンだ。迷惑メールのフィルターを通り抜けやがるから一応開いてみた。するとだ、功徳市の旧学生寮があった地区へ赴け。そこに行って取引をしろと」

「取引?」

 巴が眉を上げる

「怪しいだろ? でも大菅蓮がそこにいるだろうと書いてあった。俺との繋がりは秘書室がかなり尽力してる、ましてや大菅蓮なんて実名を載せてやがる。コイツは何かあると思ってな。そのUnknownアンノウンの野郎は最近よく起こる霊体を奪っている者の仲間だとほざきやがる」

「なっ」

 四人に緊張が走った。

 ついバスに乗る前に話を聞いたばかりの深刻な事件だ。

「それで、会えたの?」蓮が訊く。

「いや、空振りだ。時間も指定されたのに現れたのはお前らだった」

「どういう」

「知らん、でもまあ一人の被災者を救えたなら構やしねえよ」

 携帯灰皿に葉巻をねじ込んで豪快に笑って帰っていった。

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