相原梨彩

第1話

 小さい頃から指を鳴らす癖があった。


 勉強中も遊んでいる時も少し手が空くとつい鳴らしてしまう。


 うるさい! と姉から怒られた回数は数え切れない。


 私がついつい鳴らしてしまうのは指を鳴らした時の音が心地よいからだ。


 1度姉に力説したところうるさいだけよ、と一蹴されたが誰か分かってくれる人はいるだろうか。


 私にとってこの音は鳥のさえずりのようなものなのだ。


 集中している時も集中力が途切れることはない、むしろ清々しい気分になる。


 ただ指を鳴らすことの問題点は人に迷惑をかける、というだけではない。


 指を鳴らすことでしか自分を落ち着けることを知らない私はテストの時この音がないと落ち着けないのだ。


 ただまさかテスト中に指を鳴らすなんてことが出来るわけはない。


 そんなことをしたらよくて注意、最悪1発退場だ。


 よって私の成績は良くない。


 姉にはそれはあんたの実力がないだけよ、と言われる。


 しかし本当にそうなのだ。


 家で指を鳴らしながら解けば全て解くことができる。


 しかし本番では5割ほどしか解けない。


 過程ではなく本番が評価のほとんどの成績はもちろん赤点ギリギリだ。


 どうすればいいのか。


 小さい頃からの体の慣れかこれ以外の方法では体が受け付けない。


 ただ試行錯誤した結果また新たに心を落ち着かせる方法を見つけた。


 それは両手を擦り合わせることだ。


 これくらいの音を少しの時間鳴らすだけならテスト中も邪魔にならないし注意もされない。


 ただこれの問題点は手が塞がってしまうことだ。


 これでは問題が解けない。


 いつもは左手で鳴らしながら右手で書くという方法を取っているだけにこれは致命的だった。


 どうしようかと悩み母に聞くと母は言った。


「音に頼るのを止めればいいのよ」


 母曰く音が出ているから怒られるのであって指を擦り合わせるだけなら怒られない。


 だからゆっくりと指を擦り合わせ音が出ないようにしそれで落ち着けるにすればいいとのことだった。


 この練習は大変だった。


 音が鳴らないようにしながらも早い速度で擦り合わせないと落ち着くことができない。


 集中し始めると無意識に音を鳴らしてしまう。


 これが完璧に出来るようになったのは母からのアドバイスを貰ってから半年後のことだった。


 その直後のテストはどうだったか。


 それは聞くだけ野暮というものだろう。


 もちろん満点……ではなく50点だった。


 それはそうだ。


 この半年、いかに音を出さずに自分の心を落ち着けるのかに全力を注いでいたのだ。勉強時間は自然と減っていた。


 ただ落ち着ける方法が見つかっただけで私は満足だった。


 1つ不満なのはこの有り様を見た姉が大爆笑したことだ。


 これは今後見返せばいいだろう。


「お母さんありがとう。上手くいきそう」


 台所で野菜を切っている母に言う。


「そう、よかったわ」


 母はそう言ってから笑いながら言った。


「お母さんもね、昔あったのよ。そういうこと」


「え?」


 そんな話は初耳である。


「私の場合は鉛筆の芯をトントントントンって一定のリズムで机に当てることだったんだけどね。1度ものすごく怒られてね。その時に練習したんだよ。音を鳴らさないように鉛筆の芯を机に当てるのを。まあ私も成績落ちたんだけどね」


 母は楽しそうに笑う。


「だからこんなところまで似るのかと面白かったよ」


 そう言う母が握る包丁は一定のリズムを響かせながら野菜を切っていった。

 

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相原梨彩 @aihararisa

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