サイダーと丘
龍沢雷雨
サイダーと丘
「いいですか、宗助君。サイダーは、振ったほうが美味しくなるんですよ?」
「それただの甘い水だろ」
「それがいいんですよ!」
「だったら甘い水買えよ」
「ちっちっち。分かってないですねぇ、サイダーを振ったときに、美味しくなるんで
すよ」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「何が分からないんですか」
くだらない、他愛もない会話。
僕と一つ上の幼馴染の由紀は真夏の道路を歩いていた。
由紀は生まれつきの白髪ロングヘアで、学校では残念美少女と謳われていた。
喋り方はともかく、内容が全く誰にも共感されないようなことばかり述べているためである。
「私、死ぬときは丘の上で寝っ転がりながら安らかに眠りたいんですよ!」
またこいつは唐突に変な話を持ってくる。
「今の流れでどうしてその話になるんだよ」
「なんか浮かんできたので」
「浮かばないだろ。普通」
「私普通じゃないので」
「知ってる」
これがのちに一番大事な記憶になるとはこの時はまだ知る由もなかった。
*
「先生!由紀さんの容態が悪化しました!」
「至急、オペに入るぞ!」
患者用ベッドをガラガラと押しながら、手術室に入っていく。
僕は、その場で立ち尽くしていた。
由紀は病気を患っていてもう長くないと聞かされたのがついさっきだった。
ちょうど夏休みだったのと僕が家に引きこもっていたことが重なり、2週間近く会っていなかった。
久しぶりに連絡が来たと思えば急に病院に来てほしいとのこと。
僕は骨折でもしたのかと思い来てみると、白い顔でベットに横たわっている由紀がいた。
「いやー。参りましたね。先生にもう長くないって言われてしまいました」
「は?」
「実は、半年前から病気にかかっていたんですよ。あまり酷くはなかったので学校に行けていたのですが」
「ちょ、ちょっと状況が理解できない」
「私の身体が、そろそろ限界だと叫んでいます。その前に、どうしても宗助君にお伝えしなければならないことがあるので、もうちょっと私には頑張ってもらわないといけません」
そういって、自分の身体を両腕で抱きしめる由紀。とても辛そうで、眼は潤んでいた。
「宗助君!今まで病気のことを黙っていてすみません。それから、大好きです」
「え」
「ずーっと、私は宗助君が大好きです。死んでもあなたを思い続けると約束します」
潤んだ目からは涙がすーっと零れ落ち、これでようやく、心残りはないという顔をしながら、横たわった。
それと同時にベッドサイドモニターが音を鳴らし始める。
ちょうど近くにいた看護師さんがすぐに気付き、先生を呼んだ。
僕は衝撃で立ち竦んでいた。
手術をしている間、ぐちゃぐちゃになった感情を落ち着けるため、サイダーを買いながら病院の庭に出ることにした。
小高い丘のようなものが見える。不思議と足が向かっていった。頂上に座り込み、サイダーを開けると、勢いよく噴きこぼれる。ここに来るまでにどうやら走っていたようだ。
飲んでみると炭酸はまだ抜けていないようで、僕の口の中をチクチクと刺激してくる。それがとても痛く感じ、涙がこぼれた。
僕は何も知らなかった。知ろうともしなかった。由紀が病気だったなんて、僕のことを好いてくれていたなんて。
そんなこと、考えたこともなかった。
ああ、なんて愚かなんだろう。
そう思った瞬間、隣に気配を感じた。
そちらに顔を向けると、いるはずのない由紀がいた。
「宗助君!丘ですよ!私の夢がかないます!」
ゴロンと寝転がり、こちらを向いて僕も同じ体制になれと誘ってくる。
僕も同じように横になり、青々とした空を見た。眼に涙が溜まり、視界がかすむ。
「由紀、僕も、由紀が大好きだよ。これまでも、そしてこれからも。今までありがとう」
「その言葉が聞けて良かったです。宗助君、さようなら」
由紀の気配が消える前、僕の唇に何かが当たったような感覚があった。
横を見るともう由紀はいない。
起き上がりペットボトルの蓋を開けると、振っていないはずなのにまたもや噴きこぼれてきた。
残った液体を一口飲む。
「やっぱりただの甘い水じゃねーか」
ぼろぼろと涙をこぼしながら呟く。
「それがいいんですよ!」
とどこかから聞こえたような気がした。
病院に戻ると、医師から由紀は亡くなったと聞かされた。
サイダーと丘 龍沢雷雨 @raiu_ryuzawa
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