第23話

* 千代田区の国営放送局


 翌日、大分寺氏が国営放送局を訪れる。

十勝川は応接室で面会した。

「昨日は大変でしたね」十勝川が言うと「いやー本当に頭の良いと言うか、小賢しいと言うか、警察が4回もやられるなんて考えられません。100人体制で、海保も参加で、ヘリ飛ばして、捜査員が海中にまで配備されて、・・・」と大分寺氏も悔しがる。

「誘拐なんて、一番非効率の犯罪だった筈なのに、ひっくり返された」

「で、十勝川さん!議員のメモを公表して頂きましたので、私も、知る限りを書いてきました。これを今日公表してもらえませんか?大山金属、土台建設、総見証券での自分の関わりを書きました。議員の発言も」

「ちょっと読ませて下さい。その間お茶でもどうぞ」そう言って、文書を読み出す。


 十勝川は読み終わって、しばし考えた。

「これ、大丈夫ですか?弁護士として問題ありませんか?」

「あるかもしれません。良いんです。それは、後の話です」既に大分寺氏は覚悟ができているようだ。

「ちょっと、上司を呼びます」十勝川が内線電話を掛ける。

数分で佐伯部長が応接室に姿を見せる。

「部長の佐伯です」そう言って名刺を渡す。

「大分寺孝介です。議員の顧問弁護士をしています」と言って頭を下げる。

十勝川は部長に文書を渡す。

サーっと目を通す部長。

「これをどうするつもりですか?」

「部長、大分寺さんはそれを公表したいと仰ってます」

「なるほど、お孫さんの為に、自分は犠牲になっても構わないという覚悟ですね?」

「その通りです。何としても、孫を、葵を助けたい。命に替えても・・」

大分寺氏の顔には怨みは感じられない。あるのはただ、祈りの気持ちだけのようだと十勝川は感じた。

「良いでしょう。十勝川、これを読ませて、昨日公表した議員の言葉をもう一度流して、対比するんだ。そして議員に疑問をぶつけろ!そういう行き方でどうだ?」

「なるほど、単に公表するより、議員への圧力は強い。世論も批評するでしょうね。犯人も、同調するでしょう。もう一息だと思ってくれると良いのですが」

十勝川に大分寺氏に意見を訊くと「お任せします。公表の仕方は私には分かりませんから」と言うので「じゃ、今夜9時からの国営放送を待ってて下さい」そう話した。

その後、雑談することもなく、静かにお願いしますと言って、大分寺氏は帰っていった。


 30日木曜日夜9時のニュースで誘拐事件絡みの新情報を流すと予告もしていた。

初めに、大分寺氏が国営放送局に宛てた、田鹿浦議員の悪事、とのタイトルが流れる。大山金属、土台建設と総見証券について、議員が経営する田鹿浦貿易の顧問弁護士の大分寺孝介氏の告白と、続いて議員のヒントに対する見解を流す予定だった。

 まず、弁護士の告白を本人作成の文書をニュースキャスターが読んだ。

「議員が三つの企業を手中にするために大分寺氏に相談が持ち込まれた事から始まって、大分寺が議員の命を受けて、大山金属と土台建設の取引先に訪問、別の取引先から経営の危険性を感じて調査を依頼された弁護士である、と名刺を差し出して、信頼感を与えた上で、他社で行われた不正行為がこちらに対しても行われていないかを訊きたいと話した。

そうやって相手を不安がらせた上で、悪評を話し取引先としてどうなのかと疑問を投げかける。それを数十社に対して行った。

 その結果、他社に乗り換えた先や取引規模を縮小した先などが多く見られ、大山金属と土台建設は資金繰りが苦しくなっていった。そこへ議員が融資話をし、その話に載ってきたら、初回の期日に融資契約書に記載されている『両者が認めたら、融資の書替えを行う』という文面を捉え、議員は書替えはしない、と言って相手を追い詰めて、会社を乗っ取った。

 また総見証券は同社に対する悪評やその噂によって、同社の株主がその株を売却する意思を強くするようになったことに加え、株価も下落して田鹿浦貿易が大量に株式を買うことを可能にし、株式の50%を取得した田鹿浦が親戚の男性を新社長にした」

ニュースキャスターは「告白文はここまでです」と言い、続いて「そして、議員の見解については」と述べて内容を続けた。

「議員は、犯人に対して、誤解しているから、面談でも文書でもいいから、話し合おうと言っているだけです。

 前に、ジャパン・エステートの大峰大河氏も大分寺氏と同様の内容を告白しており、議員の発言内容は真実性に欠け、保身しか考えていないとしか言いようがない。即座に、真実を述べ、無関係な女性の命を救うべきである」と言い、ニュースキャスターは力を込めて、「だから、犯人に申し上げたい。間も無く議員は全てを告白する事になるだろうから、無駄に若い命を奪うようなことは、絶対に避けて下さい。この通りお願いいたします」そう言って、立ち上がりテーブルに両手を付いて頭を擦り付けていた。

画面はその姿を写したままややしばらく変わらず、祈りの強さを強調していた。


 翌日、7月1日の夕方、一通の封書が国営放送局の十勝川キャップの手元に届いた。

意を決して、封を切る。

出てきたのは、メモとメディア。

十勝川は落胆と失望と悔しさと・・・涙が流れた。メモを見る。

「田鹿浦宝蔵が自白しなければ意味が無い」とだけ書かれていた。すぐ警視庁の万十川課長に電話をいれた。悔しくて、悲しくて机を拳で何度も強く叩いた。

 30分後、姿を現した課長も、青ざめた顔色、肩も落ち、覇気も無い。無言で応接室で座する。

 十勝川はメディアを映し出す準備をさせ、無言で万十川と対座した。

社内の報道関係者十人ほども部屋に入れて見つめる。丘頭警部も一心も同席した。

 動画が始まると、前と同じ部屋と椅子。縛られている女性だけが違う、縛る紐も同じようだ。大分寺葵さんと確認させる。

既に、全員涙を流している。目を背けたい。部屋から出てゆきたい。恐らく全員同じ気持ちだ。でも、最期を見てあげないと、可哀想だ。何もできない無力な自分が憎たらしい。

 画面の中の女性も泣いている。紐が首に食い込んでいる。真っ赤に充血した目。頭を大きく振る。大きく開けた口から舌を長く出して、必死に呼吸しようとしている。流す涙と鼻水と唾液と、前に殺害された女性達と同じことがまた繰り返されようとしている。そして、その状態が長く続く、一気に楽にしてあげてとさえ思ってしまう。

「わーっ」十勝川が我慢の限界を超えて大声で叫んでしまう。両手で顔を覆って大泣きした。

それに合わせたかのように、画面の中の女性の首がガクッと後ろに折れた。

応接室内に悲鳴と怒号が割れんばかりに響く。

そして、黒尽くめの犯人が女性をじっと見つめるようにして、それから紐を解く。

ドサっと床に倒れる女性。もう、2度と動くことはない。

そのまま、数分間が流れ、ふっと消えた。


 どのくらい経ったのかわからない、時間が流れた。

「コピーくれ!メモと」

ぶすっとそれだけ言って、受け取ると。俯いたまま課長は帰って行った。

岡引探偵の分をコピーして渡した。

十勝川は、のろのろと立ち上がり「行ってくる」行き先も告げず、それだけを言い残して局を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る