第十五話「大樹海到着」
「お二人さん。
デートするにしても、あそこはやめといた方がいいぜ。
なんたって、あそこの森の中は危険なモンスターがわんさかいるからなあ」
馬車を降りる僕とハンナに向かって忠告してくれる御者のおじさん。
おそらく僕らを、大樹海のことを何も知らずに遊びに来たカップルだとでも思って心配してくれているのだろう。
「大丈夫です。
僕らはこれでも冒険者なので」
僕がそう言うと、意外そうな顔をするおじさん。
おじさんの目には僕らが冒険者のようには見えなかったようだ。
それもそうだろう。
片方は、小さな布の鞄を肩からななめに掛けているだけで、武器や防具を何も装備していない細身の青年。
もう片方は、白の修道着を着た女の子。
傍から見れば観光に来たカップルのようにしか見えない。
そんなおじさんの反応を後目に馬車を降り、ハンナと一緒に大樹海に向かって歩いていると、隣のハンナが僕の腕を揺らして話しかけてきた。
「ねえねえ、コット!
デートだって!
私達カップルに見えたってことかな!?」
ハンナの口調はいつにも増して嬉しそうだ。
そんなハンナの言葉に、僕はドキリとした。
そんなことを言われたら、ハンナが僕の腕に手を回しているのも相まって、否が応でもハンナのことを意識してしまう。
だが、僕とハンナがカップルになるなんてあってはならない。
僕はホワイトギルドを作るため、ギルドの女性には手を出さないと決めている。
というか僕がハンナのような美人な女の子と付き合えるわけないだろ。
「まあ、歳も近いしそう見えたのかもね。
それよりハンナ。
大樹海にはその服で入るの?」
内心ドキドキしながらも適当に話題を変える。
話題のハンナの白い修道着がベアルージュ教の正装であることは、何度か他のベアルージュ教のシスターを見たことがあるから知っていた。
ただいくらベアルージュ教の正装とはいえ、こんな真っ白な服で探索なんてしていたら服が汚れてしまいそうだが、このまま大樹海に入ってもいいのだろうか。
「うん。
だって大樹海にはモンスターがいるんでしょ?
この修道着はマザー・ウラニカ様の神聖術が付与されてるから、もしモンスターに攻撃されても守ってくれるもの」
「へえ。
それはすごいな」
初耳の情報だった。
つまり、神聖術が付与されたこの修道着がハンナにとっての防具になるということか。
ベアルージュ教の正装にはそんなすごい効果があったなんて知らなかった。
感心しながらハンナの修道着を見ていると、ハンナが前方を指さした。
「あ、見てみて!
あれが大樹海ってやつじゃない?
すっごい大きな森!」
前を見ながらはしゃぐハンナ。
僕もつられて前を見ると、そこには深緑に覆われた巨大な森林が生い茂っていた。
あれこそが大樹海である。
いつ見ても、その大きさには圧倒される。
聞いた話によると、ビーク王国と同じくらいの広さがあるのだとか。
「あれ?
ハンナはビーク王国に来たときに大樹海は通らなかったの?」
てっきりハンナはビーク王国に来る際に大樹海を見たものだと思っていたから、初見のような反応をするハンナに違和感を覚えた。
すると、ハンナは首を横に振る。
「通ってないよ。
白い巨大鹿が出るからって言って、御者さんが迂回してくれたの。
相当危険な鹿らしくて……」
なるほど。
だからハンナは白い巨大鹿の噂を聞いていたのか。
そして、やはり今回の珍獣も危険らしい。
モティスお嬢様が捕獲依頼する珍獣は毎回凶暴なだけに、予想通りであった。
「今から、その危険な獣を捕まえに行かなきゃいけないんだ。
ちゃんと準備しないとね」
僕はそう言いながら森を目の前にして立ち止まり、肩にかけている小さな布の鞄を手に持った。
鞄の中に片手を突っ込むとすぐに、手に何かがぶつかった感覚があったのでそれを掴む。
そしてその手に持った何かを勢いよく鞄の中から引き抜くと、一本の長い剣が顔を出した。
「え~!?
なんでそんなに小さな鞄から剣が出てきたの!?」
僕が剣を取り出した途端、隣で驚くハンナ。
予想通りの反応である。
「ああ。
この鞄は魔法鞄といって、空間魔法がかけられた特別な鞄でさ。
いわゆる魔道具ってやつなんだよ。
だから中は四次元空間になっていて、いくらでも物が入るんだ」
僕は剣を背中に背負いながら、ハンナに説明してあげた。
実は空間魔法というのはかなり珍しい魔法なので、この魔道具はかなりのレア物だ。
たまたま知り合いで空間魔法を使える者がいたので作ってもらったのである。
初めて見る人は大抵、今のハンナのように驚いてくれるから面白い。
「へ~!
私、魔道具なんて初めて見た。
すごいね、コット!」
僕の説明を聞いて、興味深そうに魔法鞄をまじまじと見つめるハンナ。
ハンナに見られながらも、僕は再び魔法鞄の中に片手を突っ込む。
すると手に小さい物が二つぶつかる感覚があったので、それを掴んで取り出す。
「ハンナ。
これを付けて」
魔法鞄から取り出してハンナに差し出したのは、指輪だった。
指輪には紫色に光る石が装飾されている。
「わー、綺麗な指輪!」
手渡された指輪を見て目を輝かせるハンナ。
「この指輪は『隠密の指輪』といって、付けている人の気配が薄くなる魔道具なんだ。
モンスターに見つかりにくくなるから、こういった探索系の依頼に最適でさ。
結構貴重な指輪だからなくさないように、指につけておいてね」
「へ~、分かった!」
ハンナは受け取った隠密の指輪を右手の人差し指につける。
僕もハンナと同様に、もう一つ持っていた隠密の指輪を右手の人差し指につけた。
「えへへ。
おそろいだね、コット」
隠密の指輪がはまる自分の人差し指を自慢するように僕に見せながら、嬉しそうににへらと笑うハンナ。
そんなハンナの笑顔を見て胸がどきりと鳴る。
「え、えっと。
じゃあ準備はできたし、大樹海に行こうか」
「うん!」
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