元ギルド職員の冒険者ギルド改革~ブラックギルドで十年働いた僕、限界が来たので辞職してホワイトギルドを作ろうと思います~
エモアフロ
第一章 ホワイトギルド始動
第一話「辞職」
「交渉に失敗しただと!?
おめーはほんっとに使えねーな、コット!!
交渉に成功するまで帰ってくんなって何度も言っただろーが、この給料泥棒が!!」
物凄い形相で僕に怒鳴り散らしてくるのは、ビーク王国で最も大きな冒険者ギルド「ブラックポイズン」のギルドマスターであるボルディア・アイアンクローだ。
まるでオーガのようにでかい身体と強面な顔のボルディアに詰められれば大抵の人は委縮してしまう。
だが、僕にとっては慣れたものだった。
感情を無にしながら少し下を向いてボルディアの説教が終わるのをただじっと待つ。
こうしていれば一番早く終わると今までの経験から知っているのだ。
今までボルディアに説教された回数は一度や二度ではない。
一日十回は怒鳴られるのが毎日であり、今まで怒られた回数を全て合わせたらゆうに万を超えているだろう。
なぜそんなにも怒られているかというと、僕がボルディアの直属の部下だからである。
僕はボルディアと同様ブラックポイズンに所属しており、ギルドの職員として毎日働いている。
ギルド職員である僕はギルドマスターのボルディアの部下ということになり、仕事で何かミスをすれば当然怒られるのである。
本来であれば、相手の話をろくに聞こうともしない僕の態度はよくない。
仕事でミスをして怒られたのであれば、上司の話をよく聞いて反省と改善をするべきだ。
だが、それは僕に過失があればの話である。
それでは今回の件について考えてみよう。
なぜ僕がボルディアに説教されているかというと、命じられていた交渉の仕事に失敗したからである。
それだけ聞けば僕が悪いと大半の人は思うだろうが、ひとまず話を最後まで聞いてから判断してもらいたい。
何の交渉をしたかといえば、ギルドメンバーの入国申請だ。
というのも、ビーク王国より南に馬車で七日ほどのところにライズ王国という国があるのだが、実はブラックポイズンの冒険者は去年からライズ王国に入国を拒否されている。
一昨年までは自由に入国できたのでブラックポイズンの冒険者達はライズ王国から依頼される仕事をよく受けていたのだが、去年入国拒否をされてからライズ王国の仕事が全て無くなってしまった。
結果大きな収入源を失ったブラックポイズンは財政的に大打撃を受けてしまったのである。
だから入国拒否を解消するため、僕がライズ王国の役人と直接会って入国拒否を取り消してもらう交渉をしてきたというわけだ。
ここまで聞くと、そもそもなぜ入国を拒否されるようになってしまったのかと疑問に思うことだろう。
結論からいえば、ブラックポイズンの冒険者がライズ王国で大事件を起こしたからである。
ライズ王国の領土内には迷宮がいくつか点在しているのだが、去年まではブラックポイズンの冒険者も依頼を受けてライズ王国の迷宮を攻略していた。
その迷宮攻略をしていたブラックポイズンの冒険者が、あろうことかライズ王国の冒険者に暴行を加えてしまったのである。
暴行を受けたライズ王国の冒険者数名は、命からがら迷宮から逃げのびて所属ギルドに報告したようだ。
その後調査が行われ、ブラックポイズンの冒険者がライズ王国の冒険者を数名殺害していたことが発覚し、ライズ王国内で大きな問題として取り上げられてしまった。
迷宮は凶暴なモンスターが多く潜む危険な場所なので、冒険者同士の争いはご法度。
ましてや他国の冒険者を殺害したとなれば大問題である。
結果、すぐにライズ王国中に噂は広まり、ブラックポイズンはライズ王国を出禁になってしまったというわけだ
こんな大事件を起こしたにもかかわらず、事件から一年も経たずして入国拒否解除の申請をしに行くというのはかなり常軌を逸しているだろう。
厚顔無恥もいいところであるが、上司のボルディアに「入国できるようになるまで帰ってくんな!」なんて無茶な命令をされたものだから、仕方なく交渉しに行ってきたのである。
当然、ライズ王国には入国申請を拒否された。
役人からは「ギルドマスターすら来ないなんて、交渉する気あるのか?」と呆れられ、関所すらも通してもらえなかった。
そして泣く泣く帰ってきた現在、ボルディアから鬼の形相で詰められているというわけだ。
僕に怒るくらいならお前が交渉しに行ってこいと言ってやりたいものだが、それを言えばまた説教が長くなるから黙っている。
周りをちらりと見ると、ガラの悪いギルドの冒険者達がニヤニヤと汚い笑みを浮かべながら「あいつ、また怒られるよ」と囁いている。
僕はそれを見て内心怒りが湧いてくる。
お前たちのために交渉に行ってきてやったのに、なぜ僕が笑われなければならないのか。
ボルディアという気性の荒い男がギルドマスターのせいで、ブラックポイズンの冒険者は荒くれ者ばかりだ。
各所で頻繁に問題を起こすので、何度も冒険者達の後始末をさせられてきた。
ブラックポイズンの冒険者の代わりに貴族に謝罪をしに行ったり、ブラックポイズンの冒険者が荒らした土地の掃除をしに行ったり、ブラックポイズンの冒険者が依頼をすっぽかしたので僕が代わりにモンスターを倒しに行ったり。
おおよそギルド職員がやらないような仕事まで休日返上でやらされた。
今回の交渉もそれら後始末の一つというわけだ。
はっきり言って、ここのギルドは
これは僕が十年働いてきて辿りついた結論だ。
休日出勤は当たり前。
ミスをすれば殴られ、怒鳴られる。
冒険者たちは荒くれ者ばかりで毎日問題を起こす。
仕事柄、他の冒険者ギルドの職員とも話したりするのだが、ここまでブラックなギルドはあまり聞いたことがない。
常人ならすぐに退職してしまうところだが、僕には辞められない理由があった。
職歴もない元孤児の僕を雇ってくれた恩である。
十歳のとき、僕は孤児院を追い出された。
僕がいた孤児院には十歳までしか孤児を養なわないという規則があったからである。
追い出された僕は働き口を探したが、十歳の元孤児なんかが働ける場所はそうそうなかった。
働き口が見つからずに路頭に迷っていたとき、当時ブラックポイズンのギルドマスターをしていたボルディアの父、バーディア・アイアンクローが僕を雇ってくれたのである。
その後バーディアさんにはよくしてもらっていたのだが、七年前に急死してしまい、息子のボルディアがギルドマスターになってしまった。
そこからブラックポイズンは荒んでいったのである。
つまりボルディア本人には微塵も恩を感じていないが、バーディアさんには大きな恩がある。
その恩を返すため、無理な仕事もなんとかこなし、バーディアさんが残した遺産であるこのギルドに貢献しようと頑張ってきたのだ。
だが流石にそろそろ我慢の限界を感じている。
毎日のように問題を起こす冒険者達と、全く仕事をしないくせに説教だけは長いギルドマスターのボルディア。
こいつの父親に恩が無ければ、こんなギルドはとっくに辞めていただろう。
「はぁ……」
いまだに続くボルディアの長い説教に、自然とため息がこぼれる。
すると僕のため息が聞こえたようで、タコのように真っ赤な顔で僕を睨みつけるボルディア。
「おいコット!!!
俺の話をさっきから聞いてないな!?
人の話も聞くことが出来ないなんて、ほんっとに使えねーな!
お前みたいな使えないやつ、とっとと辞めちまえ!
お前の代わりなんていくらでもいるんだよ!!!!」
ぷっつん。
僕の心を繋ぎとめる見えない糸が切れた音がした。
まさかボルディアの方から「辞めちまえ」と言われるとは。
ギルドマスターにそこまで言われるということは、もうこのギルドに僕の力は必要ないらしい。
バーディアさんの恩を返すべく今まで身を粉にして働いてきたが、僕の頑張りは無駄だったようだ。
「分かりました。
では、本日をもってブラックポイズンを辞職させていただきます。
今までお世話になりました」
僕の力が必要なく、代わりがいくらでもいるのであれば、今辞めても問題は無いだろう。
ブラックポイズンの労働環境がブラックすぎて限界を感じていたところだったので、丁度いい機会だ。
僕はその場で頭を下げ、深々と礼をした。
顔を上げると口をあんぐりと開いたボルディアが、呆然とこちらを見つめていた。
僕の行動が意外だったのだろう。
何か言われる前にギルドを出てしまおう。
「お、おい……」
ボルディアに背を向けるとボルディアはこちらを呼び止める声を小さく呟いたが、それを無視して僕はギルドの出口へと向かう。
出口まで歩く間、先ほどまで僕を見てニヤニヤと笑っていたガラの悪い冒険者達は急にシンとなって驚いた顔をこちらに向けてくるが、これも無視して出口へと向かう。
今まで何度もこいつらの尻拭いをしてきたものだが、今となってはもう関係ない。
僕はもう辞職したのだから。
そして出口の前に立ち、一度だけ振り返る。
「バーディアさん、今までお世話になりました」
小声でそう呟いてから、僕はギルドを後にした。
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