魔王様はコミュ障です

種・zingibercolor

コミュ障魔王の就任演説

「いやだあ! 怖い! 臣下全員の前で演説なんて絶対に嫌だ!」

「いい加減覚悟を決めろこのスットコドッコイ! 前魔王に匹敵するくらい強いのはお前しかいないんだからお前しか後継げないってわかってるだろうが!」

豪華な装飾のテーブルに潜り込む尻を私は蹴り飛ばした。私の肉体的接触なんて、いくら力を込めたところでこいつには屁でもないだろうが。

尻がもぞもぞとテーブルの下に隠れ、代わりに半べその顔が現れた。

「だってだって、エルルはよく知ってるじゃないか、僕本当に知らない人ダメだし、前魔王様に何人か紹介してもらえたけど、それでもものすごくたくさん知らない人がいるし」

「全部お前が統治して上に立たなきゃいけない相手なんだよ! 最初のあいさつくらいまともにしろ!」

「そんなこと言われても……」

「このくそ高いテーブルも天蓋付きベッドも三食の高級食材もでかい城も大勢の使用人も、ぜーんぶ、魔王として働かなきゃ恩恵を得る資格はない! わかったらはよ出てこい!」

「使用人はそんなにいらない」

「このコミュ障! 魔王の格ってもんがあるだろうが! ていうかこんなでか広い城の維持、どうしたってたくさん人がいるんだよ!」

「そりゃそうだけどさ……」

「着飾って高いところに行って顔見せて、一言二言喋ればそれで済む! 先っちょだけでいいから見せてこい!」

「他の言い方ないの?」

押し問答をしまくって、なんとか魔王を引きずり出し、前魔王を称える広場で予定通り就任演説をさせることになった。

演説前の控室で、私は魔王に改めて言った。

「長々と話せとは言わないから。これからはよろしく頼む、前魔王の功績に恥じないよう粛々と人間どもと戦っていく、を威厳ある調子で言えばいいから」

「威厳が難しいよ……」

「それくらいやれ!! 一応戦争中の国の元首なんだお前は!!」

「耳元で叫ばないで!」

なんとかなだめすかして魔王を披露する場に送り、慣れない上に力のない声ながら、魔力を用いたマイクで魔王の声が響き渡るのを、私は広場の隅っこで確認した。

広場の中央で騒ぎが起こった。演説を見に来ていたごく普通の民衆に紛れた一人から、とんでもない魔力の反応がある。メキメキと音を立てながらそいつは見る間に巨大なドラゴンに変化した。

「お前のようなものは魔王にふさわしくない! 前魔王の姿を借り、今ここに天誅を下す!」

……馬鹿な奴だ、あまりにもコミュ障で国の要所にまったく顔を売っていないのは確かだが、魔力量において、すなわち強さにおいてあれほど魔王にふさわしいやつはいないのに。

ドラゴンは護衛用のバリアを幾層も破り、魔王に向かって一目散に飛んだ。これも良くない。せめて飛び道具を使えば、あと数瞬は持っただろうに。

魔王の顔が引きつった。

「来ないで!!」

魔王は人間サイズで演説していたが、そのままのサイズでドラゴンを振り払う仕草をした。人間サイズの腕がちょっと当たっただけなのに、ドラゴンは民衆の頭をはるか高く飛び越えて広場をぶっ飛ばされた。ぶっ飛ばされたドラゴンの飛距離は長く伸び、首都の砦を超えて更に飛び、しばらくして、遠くに見える高山のシルエットが少し変わった。ドラゴンはあそこまで飛ばされた上、まだ山を崩す程度のエネルギーすらあったらしい。

臣下たちも民衆たちも、魔王のその力を見せ付けられて騒然となり、支持率はかつてなく上がった。でも当の魔王は襲撃者が死にかけるケガをしたので、ショックを受けて余計引きこもった。

「支持率アホみたいに上がったんだから、もう大丈夫だって。反対勢力もビビっただろうしさ。下手な演説より効果あったよ」

私は部屋に行って慰めたが、あまり効果がなかった。

「全然大丈夫じゃない。僕また力の加減できなかった。また人にケガさせた」

こいつのコミュ障は、幼少期、力の加減ができなくて人に怪我をさせることが多かったことにも起因している。

「僕、エルル以外の人じゃ安心して話しできない。いつケガさせるかわからないもん」

私の生まれはなんの変哲もない庶民で、魔力もほぼないが、何故か他人の魔力をすべて無効にできる体質で生まれた。他人を傷つけることを怖がるちびすけ、つまり子供の頃の魔王に、同じちびであり傷つける心配がない相手として引き合わされてから、私はずっとこいつの面倒を見ている。

私は、ベッドの上でシーツを被って体育座りしている魔王を小突いた。

「練習すればなんとかなる、小さい頃よりずっとマシになってるだろ。これからも練習するぞ、まず、陸軍大臣にまた会いに行くからな」

「あの叩き上げの人?」

「あの人はあの人で魔力強いから、何かあってもリカバリしやすいだろ」

「エルル、ついてきてくれる?」

魔王はシーツから顔を出して、すがるような目で私を見た。

「私じゃ、魔力的に何の役にも立たないだろ」

「でも、実務全部エルルに任せてるしさ、エルルもいないと嫌だ」

「ついていくから」

「本当?」

「本当」

「これからも、ずっとついてきてくれる?」

「はいはい」

「真面目に聞いてるんだよ!」

「ついていくから、まずベッドから出て身支度しろ!」

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