怒った彼女はASMRで僕を弄ぶ

小石原淳

第1話 もぐもぐ

「――もしもし? 僕だけど」

「どちら様ですか」

「……名前、表示されたと思うんだが……」

「表示されていません。つい最近、アドレス帳の一部を訂正いたしましたので、そのせいで名前が表示されなくなった人もいるかもしれません」

「あ、あの~……悪かった。意地悪を言わずに、話を聞いてくれよ。こうしてちゃんと、言われた通り、約束の時刻に電話を掛けたんだからさ」

「約束の時刻? 三月三十一日の午後十一時三十三分と伝えたはずだけれども、最初の呼び出し音が鳴ったのは五秒早かったわよ」

「そ、それは、お、遅れるよりはいいかと思って」

「――うふふふ。今のは冗談よ。コンマ一秒のずれもなく掛けるのは無理よね。それくらい分かっているし、気にしないわ」

「なんだ……」

「でも、怒っているのは冗談でも何でもない。本気だから。さあ、貝塚正太郎かいづかしょうたろうクン、あなたの二度目の浮気について、釈明を聞かせてもらおうじゃないの」

「えっと」

「あ、先に断っておくけど、ただいまの私はあなたの顔を見たくないので、音声だけで誠意を示してよね。私の方で必要が生じれば、映像でもつなげるってことで。いい?」

「それでいいよ」

「それじゃ、改めて、釈明を聞かせてもらおうじゃない

「えー、何から話せばいいのか……君がどこまで知っているかも分からないし、ねじ曲がって伝わっているかもしれないし――」

「ちょっと待って」

「えっ?」

「あのね、そういうことは思っていても、今、言うべきことじゃないんじゃない? 浮気したのはあなたで、これから言い訳しようっていうのに、私にも責任があるみたいな話で始める?」

「あー、うーん、ごめんなさい……」

「そうそう、謝罪から入るものでしょうが。今あなたが言ったのは、間違った始め方をした分の謝罪だから、もう一つ、ほら」

「……う、浮気をしてすみませんでした。もう二度としませんっ」

「二度目をした人の口から、二度としませんと聞いても、信用しにくいわ」

「……」

「しかも同じ相手と。えっと、声に出すのも嫌なんだけど、宝田咲恵たからださきえだっけ?」

「あ、愛菜あいなちゃん、君にとっても幼馴染みの友達だったんだから、そういう言い方は……」

「他人の彼氏にちょっかいを出すような人を友達に持った覚えはない」

「う。そ、そうですか」

「ちなみにだけど、宝田咲恵と会ってなんかいないでしょうね?」

「もちろんだとも。君の言うホワイトデーのあと、一回会っただけで、そのあとは全然」

「ふん。要するに、私にばれたから、会うのをやめたように見えるんですけど?」

「そそれはぼ僕としては、宝田さんは昔からの友達のつもりでいたから、会うくらいならっていう気持ちはどこかにあったかもだけど」

「ちょっと、何言っているのか分かんない」

「いや、だから、友達に会う感覚でいたけれども、君が浮気判定したから、誤解されるような真似は辞めようと」

「ふうん。微妙な言い方だけど、それで逃げられたつもり?」

「逃げられただなんてそんな」

「だいたい、誤解って何よ。まごうことなき浮気でしょうが。ホワイトデーに贈り物をするなんて」

「その……すぐには信じてもらえないだろうけれども、そこが誤解であって。バレンタインデーに宝田さんが義理チョコをくれたから、そのお返しに、僕も義理で贈っただけなんだよ」

「今どき、義理チョコ、ねえ。それも、友達の彼氏と知っていて」

「じ、事実なんだから、しょうがないっていうか……」

「あら。今の言い種だと、“僕は悪くない。宝田咲恵の行動に原因があるんだ”と言っている風に聞こえましたが?」

「いや、そんなことは」

「だったら、誰に原因があるのかなー?」

「う……やっぱり、僕、ってことになる、んだろうな……」

「納得行ってないのが、電話でも伝わってくるんだけど」

「い、いや、それこそ誤解だよ。宝田さんから義理チョコを差し出されたとき、僕がきっぱり断ればよかった。それか、少なくともお返しなんかしなければよかった」

「それだけ?」

「うん? えっと……」

「もう一つあると思うのよね。義理チョコは廃れ気味とは言え、社会的慣習みたいになってるとこもあるから、差し出されて、無碍に断るのはマナー違反だし、格好悪いと言えなくはない。お返しにしても同様」

「……」

「黙り込んで、どうしちゃったの?」

「いや……君が急に理解あることを言い出したような気がして」

「理解じゃないわよ。一般的な解釈を述べているだけ。それで根本的な問題は、他にあるでしょうって話に持って行きたいわけよ。あなた、それが分かってないんじゃない?」

「あー、言われるまで考えもしなかったけれども、さっき君にもう一つ原因があると言われてから、ずっと考えていた。そうして、これじゃないかなっていうのが思い浮かんだんだけど……」

「言ってみて」

「僕が隠していたせいじゃないか? 宝田さんから義理チョコをもらったことも、お返ししたことも、愛菜ちゃんに言わずにいた」

「おー、やればできるじゃない。その通りよ。拍手してあげる。“パチパチパチ”」

「ど、どうも」

「喜ぶな、ばか。遅いのよ。気付くのが遅すぎるし、言われてからやっと気付くレベルだし」

「ごめん……」

「ふん。それで? 金輪際、浮気しないと誓える?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る