Sugar Spot Theory
土釜炭
バナナアイスキャンディ
暗い部屋のベッドの上でノートパソコンの画面が
困った。部活の終わりに男子に呼び出された。私、何もしていないのに。呼び出してきた男子の名前は、
私が困ってるのは、その千田が、「好きだ」と告白してきたからだ。話した事はある。いや、あったか?うなずいたことはある。それだけはしっかりと覚えてる。
同じ部活だし、担当楽器も同じだから。でも、ただそれだけ。友人でもないし。
それに私、高校に入った時くらいから、声が出にくくなった。何がきっかけだったのか、わからない。思い出そうとしても、思い出せないの。
でも、全く声が出ないわけじゃないんだ。何て言ったらいいの。この状況。
だから、千田に何も言えなかった。断らなければならなかったのに、すごく目が怖かった。あの目が血走っているというのかも。私、逃げたの。逃げてしまった。
千田は私を呼び止めたけど、私、振り向きもしなかった。
唯一の友人で幼馴染の
学校から帰ってきてからずっと調べてる。
相談できる人って、どこに居るの。
両親なんて絶対ダメ。だって男子の事だよ?
それこそ声がでない。声が出ないから、通話ではダメなの。何とかダイヤルって、前に聞いたことあるけど。多分、話せないから。
だから、チャットとか、ライブ配信でコメントを拾ってくれそうな人とか。そんな事しか頭に浮かんでこない。一昔前なら、カジュアルに相談を受けている生主がいくらでもいたのに。一昔前っていうのは、私が中学生の時の事。
こういう時に子供っぽい、俗っぽい配信者や、その動画がオススメで上がってくると、物凄くいらいらする。多分それは、私が偏っているから。
検索に相談と入れたら、だれか話せる人が居るだろうか。
でも私、コメントってしたことないんだけどさあ。
動画投稿サイトの検索。ライブ配信のフィルタをクリックし、『相談』の文字を検索にかけた。サムネイルが並んでいる。ライブ配信中のサムネイルを見つけた。
視聴者数0の数字を目にして、そのライブ配信を開いた。
配信画面にはクラフトゲームが映り、右下にオレンジ色の髪の、白衣を着たキャラクターが、瞬きを繰り返していた。最底辺のVtuber。
画面にはデジタル時計の表示と、『相談受付』の文字があった。
(こんばんは)
私はそれだけを打ち込んで、コメントを送った。そして、咄嗟にブラウザをバックしてしまった。
コメントは一つもなかった。自分のコメントが強調されているようで、その反応が怖かった。何て言われるのだろう。
同じ配信をもう一度、恐る恐る開いてみる。
「……あれ、いないのかな」
白衣のキャラクターは言ったきりで、それからは黙々と作業を続けている。
名前は『河野時』。
「こうの、とき……」私の唇から声が漏れた。
私は、小さく息を吸い込む。
(あの、こんばんは。相談したいことがあります)
エンターキーを力強く押した。
「こんばんはー。ばななんさん。ろく、さん、ぜろは読まなくていいよね。相談内容は何でしょうか」
女の人の声だ。それも、しっかりとした大人の。
(私、人と話せなくて困っています。どうしたら、人と話せるのでしょうか)
「人と話せない。なるほど。でもそれは、少し大雑把すぎるかな。誰と話せないのかな。両親や、きょうだい、おじいちゃん、おばあちゃん。つまり、家族とは話せるのかな。それとも、全くの他人と話せないのかな」
いつの間にか自分の鼻の頭に汗が浮いている事に気が付いて、眼鏡をずらして拭いた。
(両親とは話せます。でも、それほど積極的にと言うわけではありません。きょうだいはいません)
「一人っ子ね。積極的には話さない。ふうむ。友達とはどう?まず、学校に通っている学生なのか、お仕事をされているのかにもよるけど」
(高校生です。友達と呼べる人は一人だけで、でも、その友達とは別の高校で、彼氏も出来たので最近は遊んでいません。吹奏楽部の人と話す時もありますが、本当に必要な時だけで、あとはほとんど話しません。話せません)
「話せてはいるのね。いや、ごめん。そうじゃないんだよね、きっと。ばななんさんが言いたいのは。……話せないって聞いたから、
(はい。ほとんど、そういう事です)
「ほとんど。と言うと、何かすこし引っかかるけど、まあとにかく、話が
(そうです。本当に困っていて、初めてコメントしました)
河野時は笑って「どうせ誰も来ないから、22時まで話しましょう」と言った。
「ばななんさんは、どうして、ばななん630という名前にしたのでしょう。プロフィールアイコンは、バナナのイラストですね。好きなんですか?」
(好きと言うか。毎朝、食べているので、何となくです)
「毎朝。それは好きと言う事で良いんじゃないですか?」
(いえ、本当に、ただ用意されているので食べているという感じです)
「お母さんが、用意してくれるのね。そう、他にも朝食で食べている物はある?」
(目玉焼きと味噌汁、ご飯ですかね)
「すごい。ずいぶんしっかりとした朝食を食べているのですね。それは、とてもいい事ですよ。お母さんに感謝しなきゃですね」
(そうですね)
「では、ばななんさん。その朝食のバナナですが、あなたはそのバナナについて、どれくらい知っていますか?値段とか栄養素とか、あとは、カロリーとか。……あ、調べるのは無しですよ?」
私は困って、(値段は、よくわからないです。栄養素は水分と糖質がほとんどじゃないですか?あとは、食物繊維とかは聞いたことありますけど。カロリーは……100キロカロリーくらいですか?)と打ち込んだ。
「うんうん。良い線いってる。バナナは一房4本で大体200円。栄養素は糖質にカリウムが多く含まれていて、むくみの予防になる。ばななんさんが言ったように、食物繊維も豊富だわ。そうね、カロリーは、一本で90キロカロリーくらい。
じゃあ、その一房のバナナ、200円以上で売る必要が出てきました。それにはどうしたら良いと思う?条件はね、バナナ以外は使わないってこと」
私はバナナの形を思い出した。一房のバナナ。バナナだけを使ってより高く売る。そのためにするべきこと。
「じっくり考えてみて。そうしたら、たくさんのアイデアが浮かんでくると思うわ」
(私なら、バナナを潰して長方形の型に入れて凍らせます。それを売るかもしれません。というか、それくらいしか考えられません。すみません)
「いいじゃない。バナナアイスキャンディね。でも、それ、本当に売れるかしら。潰したバナナを凍らせる。そこまでは良いとして、食べにくそうだし、それに他人の作った物を口に入れるのって、抵抗あるじゃない?」
(たしかに、そうですけど。それくらいしか出来なくないですか。バナナだけだと)
「型をね、面白い形のものにしたらどうかしら。かわいいのとか。それか、バナナの形に戻したらどうかな?」
(それなら潰す必要が……)
「そうね、原点回帰、潰す必要はないのかもしれない。ただ皮を剥いて、凍らせる。その方が、手に取りやすくはあるわよね。要するに見た目の問題ってだけ」
(でも食べにくさは変わりませんね。割りばしでもあれば別ですけど)
「そうね、割りばしなら百均で買えば1本で2円くらいだからね。一房4本のバナナが200円だとして、一本50円。それに割りばしを刺したら52円。割りばしを刺して凍らせたバナナを60円で売ったら、一房で32円儲かる」
(32円。商売としては微々たる額ですね)
「でも、一房200円以上で売れるかもしれない。あとは売る場所ね。ばななんさん。どこで売る?」
(海ですかね。やっぱり、暑いところの方が売れると思います)
「うん。私もそう思った。でも、考えてみて思い直したの。あ、ばななんさんは、海の近くに住んでる?それなら話は別なんだけど」
(いえ、都内ですよ)
「そうなのね、私も都内。気づいたかな。そうなの。交通費が掛かるのよね。凍らせたバナナを海で売るには、32円の利益をどのくらい積めば、海までの交通費を稼げるかしら。それと、クーラーね。これも普通は持ってないわよね。だから、レンタルするか、思い切って購入する必要がある。でも、そんなことしていたら、バナナで利益を上げようとすること自体が、無理だったのかもしれないと言う事になっちゃう。そんなのって悲しすぎるよね。せっかく考えたんだから」
(でも、たしかに、交通費とか考えたら無理ですよ)
「それならここは、思い切って、初期投資をしてみようと思いませんか。ばななんさん。これは宿題にしましょう。明日、バナナを使ってより高く売る方法を考えてみましょう」
(初期投資?というと、バナナ以外の材料を使っても良いと言う事ですか?)
「ええ。でも、一房は4本200円。原価割れを起こさないように売り上げを出す。これをルールにしましょう。
ばななんさん、今日は配信に来てくれてありがとう。配信はいつも20時から22時までの2時間。そう決めてるの。だから、今日も例外なく2時間。決めたことは守る主義だから。ばななんさん。また明日、楽しみにしてるね」
(あ、はい。ありがとうございました。バナナの事、考えてみます)
デジタル時計の表示が22時を示したちょうどぴったりの時間で、ライブ配信は終了した。私はブラウザを閉じて、パソコンまでも閉じる。たった15分程度のやり取りだったが、疲労感があった。
仰向けになって、天井を見る。光る星のシールが、星座のいくつかを浮かび上がらせている。父とシールを貼った日を思い出す。夏の大三角。織姫と彦星。頭の中に父と母の笑い声が響いてくる。
スマートフォンが鳴る。通知を確認すると、母が帰宅したようだ。
(夕飯、ちゃんと食べたの?)
画面に表示される母からのメッセージ。
私は、(パン食べた。)とだけ返信した。
こんなんじゃいけない。もっと、ちゃんとした返信をしなければ。
でもどうしてか、私にはそれ以上、母へ送るメッセージの内容が思い浮かばなかった。
生唾を飲み込んだ。
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