第6話 魔剣士がダンジョンへ向かってみたら

 「……ふぅ」


 俺が刀を使い始めてから1ヶ月。ブレが多少は改善したと判断した俺はこの日、魔の森へと足を踏み入れた。目指す場所は最奥にある新緑のダンジョン。ライネス周辺にあるダンジョンの中で最も難しいダンジョンの一つとされているところだ。


 この1ヶ月間ひたすら特訓を重ねたおかげで、魔剣士時代の癖がかなり抜け、それに加え今や呼吸をするように身体強化をしながら刀を使うまでに成長できていた。


 それに、刀を使う際はいつも精神を研ぎ澄ましているお陰で第六感らしきものが芽生え始めていた。それは危機察知能力だったり、気配認知能力だったり、要は本能に訴えかける感性である。それが芽生えたと気づいた時はとても嬉しかったのを覚えている。


 それ以外にも嗅覚や視覚、聴覚も全体的に上がっており、前よりも行動がしやすくなっていた。


 「……うっわぁ、ここが魔の森なのかぁ〜。雰囲気が全然違う」


 そう愚痴りながら俺の隣を歩くのは、あの街の不良シスターことベリアである。ちなみに“不良シスター”という二つ名は今考えた。

 

 俺は最初一人で行くつもりだったのだが、どこから話を聞いたのか、自分も同行するとうるさかったからこうしてきてもらった。こいつもストレスとか溜まっているのだろう。


 「そう愚痴るなら最初から来なけりゃよかっただろうに」


 「でもさぁ〜リオンがこれからいくダンジョンに私の欲しいものもあるからねぇ〜。そこはお互い様、ってことで────ぐふっ」


 「そんなもん通用するはずないだろう。馬鹿か」


 「ひっど〜い!女の子殴っちゃいけないんだぁ〜〜!」


 「お前は女の子ではない」


 「うっわ!最低な発言してるのご存知──」


 とそんな風に軽口を叩き合っていたその時、俺の気配察知に何かが引っかかった。これは十中八九魔物だろう。そんな俺の様子に気がついたのか、ベリアも喋るのをやめた。


 「ベリア、戦闘体制」


 「了解っと」


 俺は慣れた手つきで刀を抜き、ベリアは両腰にかけてあったメイスを持つ。そのすぐ後に奥から1匹の狼のような二足歩行の魔物、ハイウルフが現れた。


 「ここでの体力の消費は抑えたい。すぐに片付けるぞ」


 「あいあいさー!」


 「行くぞ!」


 俺の一声で同時に駆け込む。その時既に迎撃体制に移っていたハイウルフが俺よりも弱く見えるベリアに狙いを定めた。そして雄叫びを上げて俺たちを威嚇する。


 「ガアアアアアア!!!」


 「怯むな!」


 「分かってる!」


 ベリアが俺よりも早く前に出て、両手に持っていたメイスを振り下ろす。ハイウルフはそれを避けて鋭い爪でベリアの胴体に向けて振り上げようとしたが、それよりも前に俺がその腕を斬り落とした。


 「ガッ!?」


 「はあああああ!!!」


 ベリアは裂帛した叫び声を上げながら、二つのメイスでその大きな胴体を打ちつけた。


 「ガアアアア!!!」


 ハイウルフはその余りの痛みに雄叫びをあげて怯んだ。その隙を狙って俺はその首を刎ねる。

 バシュッという音と共に首は胴体を離れ、ハイウルフは絶命した。


 「よし。解体す──」


 「あ、うち収納魔術使えるよ」


 「そうか、それじゃあ頼むわ」


 ベリアがその死体に手を翳せば、スッとその大きな体は姿を消した。


 収納魔術は普通の魔術と違って明確に使える人と使えない人とで分かれる。五段魔術を使える人でも収納魔術は使えないという人もいるし、逆に五級魔術しか使えない人でも収納魔術は使えるという人もいる。これは魔術とは別の才能によるものらしい。俺も使えない。


 「ていうか、教会はどうした」


 「ああ、許可は得てるから大丈夫だよ。それくらい分かってるっての」


 「そうか。それじゃあ行くぞ」


 俺たちはすぐにこの場を離れ、新緑のダンジョンを目指す。木々が生い茂り過ぎて、日の光がほとんど入ってこないため、この森はいつだって夜みたいだ。

 時折ベリアが木の根に躓きそうになりながらも、俺たちは体感一日と4時間くらいをかけてようやくダンジョンの入り口へと辿り着いた。


 「ここが新緑のダンジョン……」


 「確かAランクダンジョンだったよね?ここ」


 「ああ。辺境の街から更に離れている上にここ周辺の魔物のレベルが高く、それを突破しダンジョンに入っても出てくる魔物も魔の森に生息している魔物同様強い。しかもダンジョンも10層ほどあり、かなり広い。体力と気力を削りながらボス部屋にたどり着いても出てくるのはAランクとSランクの狭間にいるとされる合成獣キメラ。こうしてここのダンジョンの特徴を並べると絶対にAランク以上あるぞ」


 「うっわぁ……でもさ、ここに来るまで出会った魔物ってあのハイウルフだけだったよね?」


 「それはおっさんに魔物にあまり遭遇しないルートを教えてもらったからな。それでも大体3体くらいぶつかると思っていたが……運が良かったんだろう」


 ダンジョンの入り口、洞窟のような見た目をしているそれは一見すればただの洞窟にしか見えない。だが、勘のいいやつや、俺やベリアのような魔力を肌で感じることができるやつにとってはここがとても恐ろしい場所にしか見えない。


 入り口から常に魔力が漏れ出ている。


 それが意味することは、このダンジョンが保有する魔力が計り知れないほど多いと言うことだろう。言い換えれば、それほど長い時間魔力を溜め続けたと言うことでもある。


 ダンジョンが生成されるのは比較的魔力が豊富なところだ。そして時間をかけてダンジョンはその場所の魔力を吸い続け、中に自分を守護する魔物を生成する。


 そしてダンジョンの中の魔力が満タンになると、少しずつ入り口の方から魔力が洩れ始める。この時になるのは大抵誰もダンジョンの中にいる魔物を倒していない時だ。過疎化したダンジョンは貯めた魔力を吐き出すだけのものになる。

 しかしそういった過疎化したダンジョンは時折暴走することがある。そうならないためにも定期的に間引きを行わなければならない。


 「これは……間引きされてないな」


 「ただでさえ難しいダンジョンだからね。仕方ないと思うけど」


 「でもこれが暴走でもしたらライネスの街はかなり危険だな」

 

 「来てよかったねぇ〜」


 気を引き締めようとした俺はその時見てしまった。

 ベリアがいつもとは違う、どこか悪人のような笑いをしていたところを。

 

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