第4話 魔剣士が刀を手にしたら

 「刀……」


 俺はおっさんから教えてもらったその武器の名前を反復する。


 刀。


 おっさん曰く、どうやらこの武器は遥かから伝わってきたらしい。使い方がえらく難しく、力を伝える箇所を間違えるとすぐに折れてしまうとも言っていた。


 「手にとってみるか?」 


 おっさんにそう言われて、俺は手にとって動かしながら観察する。何もかもが未知の発見の連続だ。

 刃を出してもらって、その場で軽く振ってみる。風を切るような感触。言われた通り力の入れようによってはすぐに折れてしまいそうだが、ちゃんとした所に力を入れれば、これは凄まじい切れ味を発揮するだろうというのが容易に想像できる。


 「おっさん」


 「何じゃ」


 「刀ってこの一本しかないのか?」


 「ない」


 「……他のところには?」


 「別の店を薦めると思うか?というか、おそらくここしかないぞ」


 「……そうか」


 今の俺の手持ちの金を確認するため、俺は懐から財布を出して中身を確認する。

 するとそこには、黄金に輝く金貨が1枚と鈍く銀色に光っている銀貨が5枚あった。銀貨があと5枚あれば金貨1枚分になったのにと、少しだけ残念に思いながら、改めて俺は刀の値段が書かれているであろう箇所を見てみる。

 が、値段が書かれているところがどこにも見当たらない。


 「おっさん、これいくらなんだ?」


 「ん?ああ、金貨1枚」


 「……」


 まじか。やはりこいつはそれほどの価値が──……


 「が、あったんだが貰い手が全くこなかったもんでな。ここで腐ってはこの刀も可哀想だからな。お前にくれてやる」


 「……!?ほ、本当か!?」


 「ああ。お前ならこれをうまく使ってくれそうだしな」


 「おお……ありがとう」


 「だが、一つだけ条件がある」


 条件……?とは一体なんなのだろう。と言うとこのおっさん、俺の剣の腕前を気づいている節がある。ここに来てから俺はずっとソロの魔術師として活動してきたのだが、この店に初めて来た時──



 『お前……ふん。そういうことかよ。好きに見やがれ』



 と、俺を一目見てすぐに何かに気づいていた。その視線はどこか残念そうな感じだったのが気になったのだが……今の彼を見る感じ、とても嬉しそうだ。

 ひょっとすると、俺がまた剣を握るから……まさかな。


 俺はじっとおっさんの言うその条件とやらを待った。


 「魔の森の最奥、新緑のダンジョンで手に入る“悪魔の雫デビルズライ”を取ってきてくれ」


 「……は!?」


 魔の森って……今の俺の装備じゃ無理だと分かっていっているはずだろう。それなのに何故……。


 「その刀を持っていっても構わん」


 「よし分かった」


 「……」


 俺はすぐに承諾した。この刀をすぐに使えると言われたら、俺はなんだってやってやるさ。だからおっさん、そんな変なやつを見るような目で見るな。

 そしておっさんはその後すぐに姿勢を正す。


 「それともう一つ」


 「なんだ?」


 「もしその武器を本気で極めるのならば──」





 「──魔術を捨てろ」





 「──は?」


 俺は最初、このおっさんが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。


 魔術は俺の半身、俺が俺である為のものだと言ってもいい。なんたって、スラムに住んでいた時から生き残るために使っていたものだ。それについ最近一段の壁を越えたばかりなのに。

 それをこのおっさんは捨てろと言った。


 奥底から怒りが湧き上がってきた。


 「ふざけんな!!なんで魔術を捨てなきゃなんねぇんだ!!」


 「落ち着け。それが、刀を極める上で必要なものだから、だ」


 「………どういうことだよ」


 俺は昂っていた気持ちを抑えて、静かにおっさんの話を聞くことにした。


 「これは俺の知り合いから聞いた話なのだが──」




 おっさん曰く、北の大陸での刀の持つ意味とは“覚悟”なんだとか。



 “刀を持つもの、それは持っていた物全てを捨て、ただ一つの道を歩むべし”



 今の時代、刀にそれほど重い意味はないのだが、それでも魔術は捨てなきゃならないらしい。

 それは信念の問題かと思いきや、刀の持つ性質に関係があるのだとか。


 刀とは、力ではなく技を重視する武器で、この店にある武器の中でもとびきり難易度は高い。大抵の人は刀を抜くことすらできないのだとか。

 また力ずくで抜いた場合、怪我をしたり、鞘を壊す恐れがある。鞘から抜くことから技術が求められる。それが刀だ。

 

 そして魔術を刀で戦いながら使うとそっちに意識が向いて、刀本来の力を発揮しない。

 刀に全ての意識を向けて初めてその真価を得られる。故に、使う人の大半は魔術が使えない人だ。


 「お前さんの本来の戦い方は魔術と剣を併用する柔軟なもんなんだろう。でもな、それが通じないのがこの“刀”というもんなんじゃ」


 「魔術に割ける意識の余裕がない、からか?」


 「そうだ」

 

 「……ふぅ」


 安易に踏み込んではいけない領域というものが、この世界には存在する。踏み込むのならそれは全てを捨てなければいけない、そういう領域が。

 俺は浮かれていた。一目惚れをしたからって、今後を左右するかもしれない、そんな重大な決定を、その場のノリで決めるわけにはいかない。

 しかし俺には予感があった。これを取れば、俺は一つ、強者として上のステップへと上がれる。そんな予感が。


 「どうする?」


 「……」


 俺には元々才能なんてなかった。今の戦闘スタイルだって、冒険者になってから努力して手に入れたものだ。でもこれを捨てると、今まで冒険者として、勇者パーティとして活躍していた魔剣士ゼン・ローダスが俺の中からいなくなる。そんな気がした。

 今までの努力を全て水に流すような、今までの歩んできた人生を否定するような、そんな選択を俺は、ここで今。





 深呼吸。





 ここから先は修羅の道だ。と、俺の目の前にあるこの刀──武蔵がそう言っている気がした。


 だが、関係ない。

 

 「修羅の道?はっ!んなもん、スラムにいた時から、魔物の王を殺した時だって何度も進んでる!今更そんなもんしらねぇなぁ!!」


 「……やはりお前さんは」


 「おっさん!これ貰うぜ。いいぜやってやる!!俺が持っていた技術全てを捨てて!!俺はこれを極めてやる!!」


 俺は鞘に仕舞ってある刀を掴んで、刀の柄を掴んだ。そして一旦力んでいた腕の力を落とす。


 抜き方はこの刀が教えてくれる、そんな予感がしたからだ。



 「──ふっ」



 そして一息と共に、刀を鞘から抜いた。


「わぁ……」


 思わず声を漏らしてしまう。それほどまでに、この刀は



 「……本能で抜き方を知る、か。これは、とんでもない才能が生まれたのかもしれんなぁ。それにこやつなら──」









 「──本物の剣豪に、なれるかもやしれぬな」


 

 俺は刀に魅了されてぼーっとしていたのか、最後におっさんが言った言葉を聞きそびれたのだった。

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