音響探偵 音のナゾが解けるかな?

柴田 恭太朗

第1話 田舎の銅像のナゾ

 夏休みは涼しいところで宿題をやらない?

 おじいちゃんの家は信州の田舎だけど、広いし過ごしやすいよ。


 そんな魅力的な提案をしてきたのは京香きょうかたちの班長、愛之助あいのすけである。


 京香がかよう私立小学校は昔から児童の自立心をとうとぶ校風で、夏休みの間、5人からなる『班』でのグループ行動を認めている。だから子どもだけの旅行や宿泊もオーケーだ。もちろん、親の許しがあればだけれども。


「田舎かぁ……」

 京香は愛之助の話を聞いて、うっとりとした。田舎で過ごす夏休みって、どんな感じなんだろう、一度でいいから行ってみたいと思った。


 なぜなら京香の祖父母の家は、京香の家の二階から見えるほどの『ご近所さん』なのだ。つまり彼女には故郷ふるさとにあたる場所がないってこと。だから京香は、夏休みになるとこぞって友達が帰る『田舎』という存在にひかれていた。


 わたしの両親さえ許してくれれば行けるんだけど、子どもだけじゃちょっと無理かなぁ、と京香はちょっと不安に思う。


 京香がおそるおそる信州へのグループ旅行を相談したときなど、彼女の母親はキッチンでハンバーグを作りながら「どんどん行きなさい。秀才の愛之助君に勉強教えてもらうといいわ」などと喜んで賛成したほど。反対されると思い込んでいた京香は、なんだか拍子抜けした。


 さいわい、班長の愛之助をはじめ、京香、涼太、ナナ、アラシからなるグループ5人全員は、互いの親たちからの信頼が厚かった。日頃の行動や学校のイベントで、親たちは、クラスメートをしっかり評価しているのだ。


 楽しみに待った、田舎で過ごす夏休みの当日。


 バスが目的地に到着し、京香たち5人がおしゃべりしながら歩いてゆくと、ほどなくして愛之助の祖父の家が見えてきた。


「うわ、うわーっ」

 興奮した涼太がわけのわからない叫びをあげ、家に向かって猛然と走り出した。彼が驚いて熱くなったのも無理はない。それは田舎というイメージの家ではなかった。完全に西洋風のお洒落しゃれな大豪邸だったからだ。


 屋敷を取り囲む鉄の柵に、ていねいに手入れされた緑の生け垣。季節が違えば、きっとカラフルな花が咲き誇ることだろう。庭のどこかに噴水でもあるのか、風に乗ってかすかな水しぶきの音が聞こえてくる。芝生の上を舞う蝶ですらも、どこかヨーロッパ然とした優雅な舞いをみせる。


「なんちゅー、でかい家!? 庭でサッカーできるだろ、これ」

 一足先に豪邸の入り口にたどり着いた涼太が、彼らしい感想をのべる。日に焼けて浅黒い涼太は5人の中で一番背が高い。言葉よりも行動が先に立つ、スポーツ少年である。

「豪華なごちそうの匂いが風に乗ってくる」

 食いしん坊のアラシが目を閉じて、丸い鼻をクンクンとうごめかした。

「京香ちゃん、素敵ねぇ。宮殿みたい」

 ナナが目を丸くした。彼女のトレードマークである黒くつやつやしたツインテールが揺れる。ナナが得意なピアノを弾いているときみたいだ。京香はナナの黒い髪が大好きだった。

「こういうのフランス式とかイギリス式庭園とかって呼ぶんでしょ?」

 京香が小学生に似合わず、大人びたことをいう。

「どこの様式かわかんないんだけど……」、愛之助が横から話をひきとると「前来たときと庭の配置が変わってる」と、つぶやいた。


 彼は玄関へと一直線に通ずるコンクリート舗装の道を歩き始めた。涼太が庭の広さにびっくりしていたように、屋敷の玄関までたっぷり五十メートルはある。ここで徒競走ができそうだ。舗道から庭へと続く道には、壁にライオンの浮き彫りを施した白亜の六角堂の姿も見える。


 さらに5人の目を惹いたのは、舗道の両脇に置かれた銅像だ。八体の像が丸く刈り込まれた植え込みと交互に並んでいる。像の高さはちょうど大人の身長ぐらいか。小学生の彼らからすると、ちょっと見上げるような大きさだった。


「たとえばコレ。去年はこんなのはなかったんだよな」

 愛之助は銅像のひとつに歩みより、立像のお腹のあたりをポンと叩いた。するとカーンとうつろで金属的な音が響く。


「これ夜中になると動いたりしてねぇ」、涼太が冗談を言う。

「怖いこと言うのやめてよ! あれ? これベートーベンだ」

 ナナが有名な楽聖の名を口にした。

「ほら、あっちはモーツァルト、バッハ、リスト、ショパン……」

「作曲家ばかりかぁ」

 京香も何人かの顔と名前はわかったけれど、ナナは全員の名前を上げることができた。さすがはピアノ大好き少女ね、と京香は感心する。

「ねぇねぇ、リストの像が何か持ってる」

 銅像の一つ一つを目で追っていた京香が、リストが手にしている白い封筒に気づいた。


 一番奥、つまり玄関に一番近い銅像の左手が、さも意味ありげに持つ封筒に、5人の興味が集中した。

 リストの像から封筒を『受け取った』愛之助が、器用に封を開けると中に書かれた文面を皆に向かって読み上げる。

「なになに? 

 『命令:家の呼び鈴を探せ。

  ヒント:リストのラ・カンパネラを彗星で47センチから撃て』

 何だこれ?」

「どういう意味? ナナちゃんわかる?」、京香が尋ねた。

「ラ・カンパネラを『弾け』ならわかるけど。ここにピアノはないし、彗星の意味も、47センチの意味も全然わからない」

 ナナはとまどったように答える。


「なーなー、これがヒントじゃね?」

 涼太が、像の隣にあるテーブルの上を指さした。見ればテーブルの上に不思議な形をしたものが固定されている。しかもテーブルには、たて笛と彗星の絵が描かれた小さな紙箱が置いてあった。紙箱は大きめのマッチ箱ぐらいのサイズだ。


「それ、なに?」

 その不思議なモノをよく見ようと、みなが涼太のまわりに集まってきた。

 涼太が示したのは金属の棒に太いゴム管がとりつけられたものだった。金属の棒はY字型をしていて、ゴム管はY字の2つある先端に結び付けられ、だらんとぶら下がっているのだ。しかも、白いテーブルの上に描かれているのは47という文字と赤い丸印。京香はこの金属棒がなにを意味するのか、まったくわからなかった。


 せっかちなアラシが詰めよった。

「涼太ぁ、答えがわかってるんなら、ケチケチしないで早く教えろよぉ」

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