Restaurant DAICHAN

 最初は本当に大変でした。ただ時間は不規則でしたが逆に自由にコントロールが出来ました。このレストランの仕事は朝早くに魚河岸に行き、その後にはお肉や野菜の買付です。それが済むと店に行き、今度は仕込みと段取りがあります。一人のアメリカ人が店を覗いた。「此処は新しい店ですか?」「はい」「寿司はあるのか?」「いいえ、日本の家庭料理です」と答えると、「このハリウッドでは寿司を出さなくては客は来ないよ」と云います。言われてみればこの近所、うち以外の日本食の店は全部お寿司屋さんであります、しかし正直なところ、日本食でさえ素人の私に寿司を握る技術などある訳もありません。その上この小さなモールには既にお寿司屋さんがありますから契約上でも寿司は扱えないのです。

 翌日のことでした。「俺は隣のモールで音楽スタジオをやっているクリスだけど、新しい店がオープンしたと聞いてやってきたよ」彼は陽気なイタリアンでありました。食事を注文するときに「君たちには悪いけどこのスタジオシティでは日本食を To Go の紙皿で食べる人はいないよ。此処はちゃんとテーブルで注文を取りウエイトレスがテーブルまで運んでくれないとお客は来ないよ。」言われてみればこのスタジオシティのお客様はその殆どが芸能界の人たちで、ある程度の高級感がないと人は寄り付かない。私達はクリスの言葉をありがたく受け取り、早速各種の皿や器を買い揃え普通のレストランとして再出発することになりました。クリスが言う「スタジオシティで店を開けたら最低でも8ヶ月持たせろ8ヶ月持たせられればきっと何とかなる」彼はこのスタジオシティの主のような人で沢山のビジネスオーナーの人気者でもあります。 彼のアドバイスは的確でした。このハリウッドのお客様は皆日本と日本食をよく知っている。きっと日本の芸能界とのつながりも多 いのだろう。

 レストランは8ヶ月を過ぎたがまだ軌道には乗らなかった。ただこの商売の有難い事はお腹が空いたら厨房に食べるものだけは有ります。店が本格的に軌道に乗ったのはそれから一年が過ぎた時でした。それまで日本食といえば寿司寿司と言っていた人たちがうちの店の家庭料理を食べて、変に気に入って下さったのでした。たちまち噂は広がりました。石の上にも3年と言いますが2年丁度の事でした。こうなると今まで寿司がない事でハンディキャップを感じていましたが、今度は逆にうちのお店は家庭料理の専門店として競争相手の心配もなくやっと落ち着きが感じられるようになりました。そんな噂を聞きつけた有名人や芸能人も徐々に増え始めてきたのです。

 閉店間際に一人の女性が顔を覗かせ「アーユーオープン?」「ウィーアーオールモーストクローズド」というと「プリーズ! アイイートファスト」と云います。ウエイトレスが「あのお客さんどっかで見たことあるけどきっと女優さんよ。入れてあげましょうよ。」其の女性はあのチャーリーズエンジェルで 有名なキャメロン・ディアスでした。「アイウォントゥオーダーNABEYAKIUDON! ノーエッグ、ノーチキン 私、鍋焼きうどんが大好きなの」まるで小さい子供が嬉しそうに待っているみたいでとてもチャーミングで可愛いらしい人でした。3~4日が過ぎたある日三人組の女性客がやってきて「ウィーライクトゥオーダーザヌードル ザットキャメロンエイト」と言い出しました。 私が「ハウドゥユーノウ?」と聞くとウーマンズヘルスマガジンと云う立派な本を差し出して「キャメロンがあなたの店と鍋焼きうどんの事を書いているの。此処の鍋焼きうどんがロス・アンジェルスで一番美味しいって」もちろんお世辞でしょうが、こんなに有り難くて嬉しい事があるでしょうか!ある日キャメロンが来られた時「ありがとう」とお礼をいうと「うどんも美味しかったけれど、閉店時間に閉めないで入れてくれたじゃない。日本を思い出させてくれてとても嬉しかったわ」と言ってました。 我々のようなレストランにとってこのようなコラムが一番の宣伝になります、通常の広告で来られるお客様は別の広告を見てまた他の店を回り歩くのです。このようにアメリカの俳優、女優さんは大変に気さくで気取りもないので、私のような名もない料理人にもまるで友人のように接してくださるのです。

 毎度穴だらけの T シャツにジーンズのイケメン男性がよく見えるのですが、私達はTV を見る時間もありませんのでその男性が誰だかよく分りません。ウエイトレスが「あの人どこかで見たことある。きっと俳優さんかな?」と言ってました。するとハリウッドで有名なグラント・ヒスローがやってきました。グラントはかの有名なジョージ・クルーニーのパートナーでよく彼の To Go を取りにやって来ます。すると彼がその男性をみるなり、「ヘイライアン ハウアーユー」と声をかけます。ウエイトレスが、「分かった、ライアン・ゴズリング!」だと言うのです。聞けば彼のシスターが私の店の近くに住んでいるので彼女がオーダーした食事をライアンが取りに来るのです。ある日彼が一人で来て食事をしていたのでいつも来て下さって有り難うと賄いの残りの麻婆豆腐を差し上げましたら「これは美味い。メニューには有るのか?」と聞くので「これは今日の賄いの残りだ」と言うと、次にライアンが来られた時に、「ハイシェフ、今日の賄いはなんだ?」と聞いてきました。今でもよくオケージョンには奥様のエバさんと可愛いお嬢さんを連れ来て下さいます。この人もまた気取りのない大変に優しいとてもいい方です。

 ある時若い男性がカウンターに来てお金を取りに車まで行ってくるというのです。以前にも同じような事でそのまま逃げられてしまった経験からウエイトレスが、「表の駐車場を監視しています。」と、彼が現金を持って戻ってきました。支払いを済ませると日本語で「どーも有難う」と言ったのでウエイトレスと美香が「日本語分かるんだ?」と云うと、「アイブビーントゥージャパン メニータイムス」と言って店から出ていきました。するとお客様の一人が私達の顔を見て「ドントゥユーノウフーヒイズ?」と聞くので「ノー

 」と答えると驚いた顔をして笑いながら「あれはジャスティンビーバーだ。」と教えて下さいました。知らぬとはいえお恥しい限りです。

 ロス在住の現地コーディネイターがある俳優さんを連れてこられた時の事です、「オヤジさん、有名な俳優さんを連れてきたので」といわれ早速ご挨拶に伺いました。翌日コーディネーターの方が昨日オヤジさんが挨拶していた人はお付きの人で俳優さんはあの隣りにいた人ですよ。」大体いつもこんなもんで有ります。

 此処で一つお断りしておきますが有名人が来られるのは決して私どもの店が有名と言う訳ではなく、たまたま開けたレストランのロケーションが良かっという事です。決して自慢では有りません。アメリカではよく人混みに石を投げれば必ず弁護士に当たると言いますが、このスタジオシティでは石を投げますと必ず業界の人に当たると言われる程芸能人と芸能関係者が多いのです。

 ある白人のお客様、自称和食通と言われている方です。「シェフ、このサーモンは養殖かワイルドか」と聞いてきます。アメリカではよく耳にする言葉ですが「どうしてですか?」と聞きますと「俺は鮭の刺し身はワイルドしか食べない」とおっしゃいます。通常ほんのごく一部を除いては養殖であります。何故ならワイルドには寄生虫がいるからです。

「シェフ、このマグロはどこから来た?」こんなとき私の答えは「OCEAN」。「どこの海だ?」と聞かれれば「海は全て繋がっている」と答えるようにしています。

 昔から日本人は眼で食う、中国人は舌で食う、韓国人は腹で食うと言いますが、その意味はきっとご存知の事と思います。ある韓国人オーナーの寿司屋に黒人の客が来られ、食べ放題の寿司の刺し身だけを食べ始めました。 すると板前さんが「お客さん刺身が食べたいなら刺身の盛合せを頼んでほしい」と言うと、「此処は食べ放題じゃないのか?」と聞いてきます。「私が言っているのはシャリを食べずに刺し身だけを食べるなら刺し身プレートを注文して欲しいのです」「何故だ?」「うちは寿司の食べ放題で刺し身の食べ放題ではありません。寿司は魚とシャリが一体で寿司というのです。」するとお客は「糖尿の持病が ある客が食べ放題の寿司をどのように食べるかは客の自由だろう」「何度も言うけど寿司は魚と、、、」とそこまで言うと「お客さん、勘定はいらないから帰ってくれ!」お客は「訴えてやるからな!」と捨てぜりふを吐いて店を出て行きました。後日弁護士事務所から告訴状が届きました。日本では考えられない事ですがアメリカではこんな事はよくある事です。裁判は寿司屋の勝利で終わりましたが、もし寿司屋が負けていたら食べ放題の寿司屋 の看板は寿司と刺し身の食べ放題と変わっていたかもしれません。

 私の店で起きた事です、注文の食事を殆ど食べ終えた2人の女性がカウンターにやって来て「ねえ私達が食べたお料理にOOOOは入っていますか?)と訪ねてきました。「はい。中に何を使用しているかはすべてメニューに書いてありますが。」と云うと「オーノー私はOOOOアレルギーなの。何で教えてくれなかったの?」「でもメニユーには細かい説明が書いてありますが」「そんなの読んでないわ!大変今すぐ病院にいかないと!」と騒ぎ出しました。美香が「お代は結構ですどうぞこのままお引き取り下さい。」というと、まるで当然であるかのように店を出て行った。表に出た瞬間だった。2人はニコニコしながらハイタッチをしています。アメリカ人の中には料理を注文してから口に合わないときは「ディスイズナットマイイメージ」といって突き返してきます。もちろんお金を払う気など全くありません。既に半分以上食べているのに私のイメージと違うと言ってもういらないと言ってきます。「あなたが一口しか口をつけてないならわかりますが半分以上食べているではないですか?」「我慢して食べたけど食べれなかった」と言うのです。「こうしましょう。貴女は半分以上食べていますから半額は頂きます。」というと「えっ半額もお金取るの?それなら私残りを持って帰るわ。」「あなたがもし残りを持って帰えられるのでしたら全額ちょうだいすることになりますが。」このようにアメリカでレストランをやっていくのは、食べ物に対する理解と風習文化の違いでなかなか難しいのです。

 2年前私は約 30 年近く働いたレストランを引退しました。お店は現在も美香が切り盛りしていますが、沢山の皆様のおかげで今も繁盛しています。私は自分が一番苦しいときに私を助け支えてくださった美香さんに大変感謝しています。もしあの時彼女の助けがなかったら今日の私があったかどうかも分かりません。人は皆知らず識らずのうちに誰かに支えられて生きています。そうではないでしょうか?私はこの場を借りて美香さんに心からのお礼と感謝を伝えたいと思います。美香さん長い間本当にありがとうございました!

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