キングスレイヤー①

「胸糞悪いったらありゃしねぇ」


 貴族らしからぬ粗野な言葉使いに、ユアのみならずここに集まった者全ての視線が出口のすぐ横に立つ一人の男に集中していく。


 壁にもたれかかりながら両腕を組むこの男の名はカイル・フォン・ジェミニ侯爵。前王でありレガード王の実兄でもあったゼダンを殺害し、キングスレイヤーと畏怖される男だ。


 ジェミニ侯爵はもう一度同じ言葉を口にすると、レガード王が座する壇上に向かって堂々と歩き始めた。壇上を中心として左右に立ち並ぶ近衛兵と聖輪騎士団の面々が、一斉に緊張した面持ちで自身の剣に手をかけていく。


「ジェミニ侯爵、それ以上こちらに近づくのをやめられよ」


 真っ先に制止の声を上げたのは、額に汗を滲ませるアルフォンスだった。だが、不敵を顔に張り付かせるジェミニ侯爵の足が止まることはない。


 次々に鞘から剣を抜く音が謁見室内に響く。


 いよいよ抜き差しならない事態に発展するかと思いきや、ジェミニ侯爵は壇上から10歩ほど手前の距離でピタリと足を止めた。


 上級貴族から安堵の声が漏れ聞こえてくる。が、近衛兵と聖輪騎士団に緊張を解く気配は微塵もない。


 片膝を折ることなく不遜な態度を取り続けるジェミニ侯爵を見下ろすレガード王は、今や不機嫌を顔に凝縮させていた。


「ジェミニ侯、なにが胸糞悪いのだ?」


「なにが? このくだらない茶番に決まっているでしょう。権力者たちがよってたかってひとりの少女をいたぶる。これ以上胸糞悪い光景を俺は寡聞にして知りません」


「なるほど。どうやらジェミニ候は大きな勘違いをしているらしい。臣下が灰被りの元聖女をどう思っているかは余の関知するところではないが、少なくとも余はこれまでの功績に対して最大限の恩に報いたつもりだ」


 レガード王の言葉にジェミニ侯爵は失笑し、


「管理すらされていない荒れ地を聖女に与えることがこれまでの恩に報いることだとおっしゃるのですか?」


「荒れ地だろうがなんだろうがタイニアがまごうことなく直轄領であることには変わりありませんぞ」


 レガード王の代わりに答えたのは宰相だった。


「直轄領だから何も問題はないと? 宰相ともあろう者が本気で言ってるのであれば、やはりこの国は滅びる運命にあるらしい。俺が預かり知らぬところでもれなく禁忌を犯したようですし」


 ジェミニ侯爵はアルフォンスに庇われる形で立つサンゼンイン・シズカを睨みつける。普通の者であればそれだけで恐怖を覚える代物であるが、しかし、サンゼンイン・シズカに怯えた様子はない。

 微笑を絶やすことなくジェミニ侯爵を真っすぐ見据えていた。


「ジェミニ侯爵! いくらあなたとてそれ以上の暴言を吐けばただではおきませんぞ!」


 顔を紅潮させ声を荒らげる宰相へ、ジェミニ侯爵が切り裂くような眼光を浴びせた。


「腰ぎんちゃく風情が随分とまた偉そうに吠えるじゃねぇか。せっかくだからどうただではおかないのか存分に教えてもらおうか」


 ジェミニ侯爵が宰相に向けて一歩足を踏み出すと、先程ユアを叱咤した宰相と同一人物だとはとても思えない情けない悲鳴を上げ、さらに高速で後ずさると、最後は聖輪騎士団の背後に隠れてしまった。


 それ以上歩を進めることなくフンと鼻を鳴らすジェミニ侯爵の視線は、立ち止まったまま事の成り行きを見守っていたユアに向けられた。


「お前もお前だ。なぜここまでコケにされて黙っている。先の大戦でこの国が曲がりなりにも勝ちを拾うことができたのは、とどのつまりお前の癒しの力があったからだ。もっと言えばこの国に生きる全ての者はお前に命を救われたんだ。そんなお前を大事に扱うことすれ、こんなゴミみたいな仕打ちを受けるいわれなんて針の孔ほどもねぇんだよ」


「……勝手なことばかり言わないでください」


「あん? 何か今言ったのか? 声が小さすぎてよく聞こえんな」


 間違いなく聞こえているくせに、ジェミニ侯爵は大袈裟に広げた手を耳に当てる。その仕草が導火線となって、今まで抑えに抑えていた鬱憤が爆発した。


「なんにも知らないくせに勝手なことばかり言わないで! 私は孤児でしかも忌み嫌われている灰降りの街の出身なの! これがどういうことなのかあなたにわかる? 普通の人にはない癒しの力があっても、たとえ聖女に担ぎ上げられたって、身分という決して越えられない壁の前には全くの無力なの! これまで何不自由なく生きてきた貴族様のあなたが知ったような口でベラベラと私のことを語らないで!」


 ユアの荒い呼吸音を上塗りするような音はなく、謁見の間は闇で覆われた街のように静けさを深めていく。

 そのことが自ら起こした事態の深刻さをこれ以上なく物語っていた。

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