第18話 変化

 トイレの個室に入った私は、今着ている服を脱いで、美桜先輩に買ってもらったワンピースに着替えることにした。


 自分でもなんでこんなことをしているのか分からない。

 別に美桜先輩の喜ぶ顔が見たいからというわけではないし、なんなら喜ぶことは分かりきっている。


 ではなぜ・・・?

 自分に問いかける。


「・・・多分、変わりたいんだろうなぁ」


 自分にしか聞こえないぐらいの声で呟く。

 きっと私は、今の自分を変えたいのだ。

 今まで変わることを望んでこなかった私にとっては相当な覚悟。

 他人から見れば小さな覚悟かもしれない。でも私にとっては違う。

 こんないかにも女の子みたいな服装するのは恥ずかしいし、他人からどう見えるのか不安でもある。

 それでも先輩の、美桜先輩のあの言葉に勇気をもらったのは間違いない。


「大丈夫だよ。また今度、私と出かける時に着てくれれば」


 美桜先輩的には、似たような服装で出かけられたら嬉しい、みたいな感じのニュアンスだと思うけど、少なからず私はその言葉で勇気づけられた。


「その時は私も今日みたいに、このワンピースを着てくるから! お揃いみたいで恥ずかしくないでしょ?」


 美桜先輩の言葉を思い出す。

 自分が変わる為に、そしてなにより、勇気づけてくれた美桜先輩へのせめてもの恩返しに、私はこの服を着る。


 待っている美桜先輩はなんて言うだろうか。

 微妙な反応されたりしないだろうか。

 周りの人に変に見られないだろうか。

 指を指されて笑われたりしないだろうか。


 様々な不安が波のように私に押し寄せる。


 ・・・怖い。


 でも、変わりたい。


「お揃いみたいで恥ずかしくないでしょ?」


 美桜先輩の言葉が、頑張れと私の背中をそっと押す。


 頑張れる・・・かな。


「明日は細かいことは気にせず楽しんでください」


 くぼちゃんがそう言ってたことも思い出す。

 そうだ。細かいことなんて気にしなくていいんだ。

 きっと大丈夫。美桜先輩も喜んでくれる。


「よし」


 着替え終わった私は、トイレから出て待っている美桜先輩の元へと向かう。


 ──ドクン。


 緊張のせいか、心臓の鼓動が聞こえてくる。

 トイレへ向かう通路の入口で、私を待つ美桜先輩の後ろ姿が見える。


 ──ドクン。


 大丈夫、きっと大丈夫。



「お、お待たせしました・・・」


 俯いたまま、美桜先輩に声を掛ける。


「ううん、そんなに待ってないからだいじょ・・・」


 私に気付き、振り向いた美桜先輩は、最後まで言い終える前に固まる。手に持っていた鞄が床へと落ちる。


「・・・・・・」


「・・・あ、あの」


 美桜先輩は黙ったままだ。

 不安になった私は顔を上げようとした。その瞬間──。


「・・・ぁ」


 美桜先輩の両腕が私を包む。

 急な出来事に驚き、言葉を失う。


「あ、え、あの・・・」


「ありがとう桜ちゃん。とっても似合ってるよ」


 美桜先輩が私を抱きしめたまま、耳元で優しく囁く。

 その時、不安な気持ちから解放された気がした。


「あ、ありがとうございます・・・」


「うん」


「・・・・・・」


 似合うと言われ安心すると同時に、徐々に冷静になってきた私はハッとなる、周りからの視線が私達に注がれている。


「ちょ、ちょっと先輩! 離れてください! 周りの人が変な目で見てます!」


 慌てて美桜先輩から離れる。

 まったく! 公衆の面前で抱きしめてくるなんて!


「桜ちゃん」


「な、なんですか」


「可愛い」


 とても柔らかい笑顔を見せる美桜先輩。

 私の錯覚だろうか。その周りには春のそよ風が吹き、桜の花びら舞っているかのように見える。

 そんな笑顔に私は一瞬、見蕩れてしまう。


 ・・・。


 なんだか急に恥ずかしくなり、顔が一気に熱くなるのを感じた私は、急いで美桜先輩に背を向ける。


「ま、まぁ? せっかく買ってくれたので、仕方なく着たんですよ」


 そう言って照れを必死に隠す。


「ふーん」


 美桜先輩がニヤニヤしながら、私の顔を覗き込んでくる。


「な、なんですか!」


「本当に可愛い」


「うるさいです! 服戻してこようかな!」


「それはダメだよー!」


 そうはさせまいと腕を組んでくる。

 はぁ・・・。本当、調子狂うな。

 ・・・でも良かった。似合ってるって言ってくれた。勇気を出した甲斐があった。


「ちょっと先輩くっつきすぎです! 離れてください!」


「えー! いいじゃーん!」


「離れろー!!!」


 私が全力で拒んでも、美桜先輩は離れる気がなさそうだ。

 ・・・まぁ、今日ぐらいはいいか。

 小さく溜息をつきながら、美桜先輩を自分から離すことを諦める。


「今日だけなんですからね。もうっ」


 そっぽを向きながら聞こえないように言う。


「なーに? 桜ちゃん」


「なんでもありません!」


「今日だけじゃなく、いつもがいいな!」


 聞こえてたんじゃん・・・。


「絶対嫌です」


「なんでよー!」


 ありがとう。美桜先輩。

 口に出して言うのは恥ずかしいので、心の中で感謝する。

 美桜先輩のおかげでほんの少しだけ、私は変われたような気がした。

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