第7話 案内人

「・・・・・・」



「・・・さん」



 声が聞こえる。



「・・・はしもとさん」



 ・・・私を呼んでいる?



「はしもとさくらさん」



 誰かに呼ばれている。

 しかし、聞いたことのない声だ。


 んー・・・。誰だよ寝てるのにー。

 ブツブツ言いながら仕方なく体を起こす。


 ・・・部屋の中が明るいような気がする。

 もう朝なのかな?  

 ボヤけたままの目を擦ると、徐々に部屋の様子が──。


 ・・・あれ?

 目の前には見たことのない景色が広がっていた。


「・・・・・・え?」


 ・・・あ、え?

 家のベッドで寝ていたはずなんだけど・・・。

 状況が飲み込めず、呆気にとられていると


「こんにちは。はしもとさん」


「・・・えっと」


「こんにちは」


「こんにち・・・は?」


 目の前に女の子が立っている。

 誰? というかここどこ?

 周りを見渡しても何もない。

 いや、何もないという表現はおかしいかもしれない。


 辺り一面、なんだかキラキラとしている。

 見渡すように空を見上げる。夜のように見えるが、夜じゃないようなそんな感じ。

 その空の色はどう表現すればいいのか分からない。とりあえず、見たこともないような幻想的な空の色をしていた。

 そして床は水面になっている。

 水面は反射していて、いつしかテレビで見たことがあるウユニ塩湖?みたいな感じだ。

 そんな景色がどこまでも果てしなく広がっていた。


「あ!」


 着ている服が濡れてしまうと思い慌てながら確認するが、なぜか服も体も濡れていない。この水面は一体・・・。


 夢を見ているのかなぁと頬をつねってみる。


「・・・いてて」


 痛みがある。

 夢じゃないのか?

 状況が全く理解できず???となっていると、目の前の女の子が口を開く。


「『ここで』会うのは初めてですね」


 女の子の背丈は小学生ぐらい。

 髪の毛は金色を薄くした感じで透き通って見える。

 目はぱっちりしていて瞳が青い。

 そして、真っ白なワンピースを着ている。

 その姿はまるで天使を彷彿させる。今にも背中から羽が生えてきそうだ。

 まぁ、天使ではなさそうだけど外国の人? いや・・・でも、日本語喋ってるよね?

 ともかく、この女の子と面識がないのは明らかだった。


「えっと・・・。はじめまして?」


「はしもとさんは以前にもボクに会っているので、はじめましてではないですよ」


「え? 会ったことあんの? ってゆうかボクって言ったの? 女の子だよね?」


「そうですね」


 なんだかよく分からない子だな。

 とりあえず、疑問に思ったことを質問してみる。


「あの・・・ここはどこ? 夢の中?」


「いい質問ですね」


 そう言って女の子は大袈裟にうんうんと頷く。


「ここはですね」


 ・・・・・・。


 少し間が空く。

 早く教えてほしい。


「どこだと思いますか?」


 いやいや、聞いてるんだから教えてよ。

 はぁ、と溜息をつく。


「分からないから聞いてるんだけど」


 少し呆れ気味に答える。


「確かにそうでした」


 謎すぎる。何なんだ一体。


「ここは、はしもとさんの中ですよ」


「・・・・・・」


 どゆこと?

 夢の中ってことかな。私寝てたし。


「夢の中ってこと?」


「いいえ、夢ではありません。ここは存在しています」


 言ってる意味が分からない。

 こんな場所来たこともないし、見たこともない。


「私、家で寝ていたはずなんだけど」


「気持ちよさそうに寝ていましたね。ついでにヨダレも垂れていました」


 ヨダレの情報はいらない。


「夢じゃないならなんなの?」


 起きたばっかりもあってか、思考が全く追いつかない。


「そうですね」


 そう言いながら、目の前の女の子が考える仕草を見せる。

 ・・・知っているんじゃないのか。


「はしもとさんの中です」


 何か違う答えがくるかなと期待するも、さっきと答えが変わらなかった。


「はぁ」


 私の中、か。

 私はここにいるのにどういうことなんだろ。

 よく分からないけどまぁいいや。いやよくないけどね?


「それであなたは誰?」


「ボクは案内人です」


 案内人? 名前ではないよね。


「えっと。案内人って名前なの?」


「違いますよ。案内人です」


 意味不明だ。

 名前を聞いたつもりだったんだけど。


「名前ないの? 私みたいに橋本みたいな」


「ないですね」


 即答される。

 名前ないってどういうことなの?

 もう何が何だか分からない。


「そうなんだ」


「そうなんです」


 困ったなぁ。

 案内人さんって呼べばいいの?

 ・・・なんか呼びにくいな。


「名前。つけてあげようか?」


 案内人さんって呼びたくないし。


「おぉ。それはいいですね」


 そう言って目をキラキラさせている。

 なんて名前つけようか。


 んー・・・。


 ・・・うーーーん。


 ボクって言ってたよな。

 ボクちゃんはアホっぽいし。

 ボク、ボク・・・ぼくぼ・・・。


 くぼ。


 逆さまに読んだだけの単純な名前。


「くぼちゃん」


「おーーーー」


 パチパチパチと手を叩いて喜んでいる。

 それでいいの? 適当に考えたんだけど。


「それでは、ボクのことはくぼちゃんと呼んでください」


 ちゃんは別にいらないのに。ま、いっか。


「くぼちゃんは私に会ったことあるみたいだけど本当?」


 私は会ったことないと思うんだけど。

 少なくとも今は思い出せない。


「本当ですよ。はしもとさんは小さかったので覚えてないのかもしれませんね」


 小さい頃に会っているのか。

 ここでは初めてと言っていたので、ここで会ったわけではなさそう。

 ・・・あれ? 小さい頃?

 くぼちゃんは私に会った時何歳だったの?

 新たな疑問が出てくるが、気にしたところで答えは出ない。


「覚えてない」


 小さい頃の記憶を呼び起こすも、くぼちゃんに会ったという記憶はやはりない。


「どこで会ったの?」


「道です」


 なんとアバウトな。

 会っていたとしても思い出せる自信がなくなった。

 とりあえず、色々と質問してみることにする。


「何歳?」


「年齢はありません」


 そうかそうかないのかー。ないってなんだろー。


「年齢という概念がないのです。ですが、はしもとさん達のように生まれてからの年数を数えるのであれば──」


 そこで一旦、間を置かれる。


「数えるのであれば? なんなの?」


「やっぱりやめておきましょう。別に大したことではないのでまたの機会があればお話します」


 えーーーー。

 そこまで言ったのに? 結構大したことだよ???

 すごく気になるけどもう答えてくれなさそうだ。別の質問をすることにした。


「くぼちゃんのお父さんやお母さんは?」


「それは秘密です」


 秘密かー。

 謎が深まるばかり・・・。

 私にはこの謎が解けないので小さな名探偵を呼んでほしい。


「どうして私の前に現れたの?」


「案内が必要と感じましたので」


 家への案内かな?

 ここからどう帰ればいいのか分からないし。


「家まで案内してくれるの? どう帰ればいいか分からないから教えてほしいな」


「違いますよ。ボクは、はしもとさんの未来を案内しにきました」


 ・・・未来?

 それは明日以降、こうしなさいみたいな感じ? 予言? 何なのくぼちゃん。何者?

 頭がこんがらがって爆発しそうだ。


「えっと・・・。私はこれからどうすればいいの?」


「まずはうさぎ先輩と仲良くなりましょう」


「はい?」


 なんで・・・どうして佐藤先輩のことを知っているんだ。しかもうさぎ先輩って呼んでるし。

 というか、家への帰り方を教えてくれるわけじゃないのか。私帰れるのかな。


「うさぎ先輩だけではなく、桜木先生のことも知ってますよ」


 なんでなんでなんで???

 なんか怖くなってきた。

 何なんだこの子は。


「今は桜木先生のことは置いといて、まずはうさぎ先輩と仲良くなって勉強しましょう」


 桜木先生は置いとくんだ。

 てか勉強ってなんだ。テスト勉強するの?

 もしかして、くぼちゃんの言う通りに勉強すれば満点取らせてもらえるとか? それはちょっと嬉しい。これから授業はちゃんと聞かなくても良さ──。


「違いますよ」


 え? 今、心を読んだ?

 てか最後まで言わせてよ。

 いや、声に出してないから考えさせてよ、か。


「勉強って何を勉強するの?」


「恋についてです」


 ポカーンと口を開けてくぼちゃんを見つめる。


「・・・恋?」


「恋です」


「ラブ?」


「らぶです」


 さっきから何を言ってるのかさっぱり分からず、意味が一緒なのに同じことを聞いてしまう。

 恋を勉強って・・・うさぎ先輩から何を学ぶの?


「言ってる意味がよく分からないんだけど」


「うさぎ先輩と仲良くなって、恋について勉強してもらいます」


 ・・・・・・。


 とりあえず、うさぎ先輩と仲良くなればいいのね?


「そうですよ」


 また心を読まれた。本当に何者なの? この子。


「それで仲良くなったらどうするの? 恋について勉強ってのもよく分からないけど」


「それは仲良くなってからで。恋についての勉強は仲良くなればいずれ分かります」


 フフフとくぼちゃんが笑う。

 フフフじゃないし意味が分かんないし。

 考えてもしょうがないので、言われたことを一旦飲み込むことにした。


「そろそろですね」


 急にくぼちゃんが空を見上げながら言う。


「何が?」


 私も空を見上げるが特に変わった様子はない。

 いや、この目の前の景色は普通のものとは変わりすぎだけど。


 視線をくぼちゃんに戻すと、私の質問には答えず背を向けて歩き始めてしまう。


「ちょっと! どこ行くの!?」


「そろそろ時間なので。また会いましょう」


 そろそろ時間ってどういうこと?

 私はどうすればいいの?

 どうやって家に帰ればいいの?


「くぼちゃん! 私はどうすればいいの!」


 徐々に遠ざかるくぼちゃんを呼び止めようと大声で叫ぶ。


「はしもとさん。また会いましょう。さようならー」


 くぼちゃんは手を振りながらどんどん離れていく。


「おーーーーい!」


 必死に呼び掛けるがくぼちゃんは振り向きもしない。


「ちょっと待ってよー!!!」


 段々とくぼちゃんが小さくなっていく。

 手を伸ばし、立ち上がろうとした瞬間──。


 ──ドテッ。


 自分のベッドから落ちて目を覚ます。


「やっぱり夢じゃん」

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