通信空手100段

上田一兆

第1話 惨めな敗北者

 校舎裏で友達がいじめられていた。後輩にいじめられていた。


 だから休み時間に教室に行ってもいなかったのか。どうして気付かなかったのだろう。急いで止めに入る。


「お、おい!」


「あ?」


 いじめている三人組が振り返る。ど金髪とデブと剃り込み坊主だ。たしか一年生だったはずだ。


「い、いじめはよくないよ」


 情けないことに声が震える。


「誰だお前」


「ま、丸井の友達だよ」


「あーそういうことね」


 ど金髪が近づいてくる。


「なんだよ」


 見上げながら震える声で必死に虚勢を張るが意味はなかった。みぞおちを殴られて嗚咽し、うずくまる。


「おい、代わりできたからいいぞ」


「え?」


「お前は教室に戻っていいってことだ」


「あ、じゃ、じゃあ」


 は? なんで目を逸らす。おい! 待てよ!


 丸井は俺から目を逸らしながら、その場から逃げた。

 言葉を失う。


「助けに来たのに裏切られるなんてかわいそうになあ!」


 金髪が高笑いしながら肩をバシバシ叩いてくる。


「仕方ねえから今日はパシりだけにしといてやるよ。食堂のポテト買ってこい」


「俺唐揚げ」


「俺も」


 当然のように注文してくる。


「い、いやだ」


 俺は拒否する。怖いけど、ここで受けたら、ずっと従わないといけなくなる。


「調子のってんじゃねえぞ!」


 腹を蹴りあげられる。刺されたように痛む。次いで背中にも衝撃が走る。吹っ飛ばされて仰向けになっていた。


「てめえは俺らの奴隷なんだよ! 逆らうん

 じゃねえ!」


 何度も腹を踏み潰される。口から胃液が溢れる。死ぬんじゃないかと思って腕でガードすれば、今度は腕が折れたみたいに痛む。顔を狙わないのはバレないためかもしれない。痛い。痛い。痛い。痛みに埋め尽くされる。

 

 どれほど耐えたのだろう。気付けば攻撃は止んでいて、金髪は校舎の壁に背中を預けて立っていた。


「もう逆らうなよ」


 抑揚のない声で見下す。


「はい、すみませんでした……」


 逆らう気力はなかった。もう心が折れていた。


 それから地獄の日々が始まった。休み時間のたびに呼び出されて、殴られ蹴られパシられ、授業をサボらされ、中1の時から使っていたスマホも壊された。


 丸井は謝るどころか目も合わせてこない。同級生はもちろん、普段きれい事ばっか言っている学級委員長も見て見ぬふりだ。先生も知らぬふり。俺が殴られているところを見ても顔を背けてどっかへ行く。そして授業に遅れてきた俺に、


「最近遅刻多いぞ。しっかりしろよ」


 目を逸らしながら説教してくる。いじめられていることを皆知っているはずなのに誰も助けてくれない。


 俺は逃げ出した。



 部屋に引きこもって1ヶ月が経った。頭に靄がかかったみたいになっていて動く気がしない。ずっと半分眠っているみたいだ。日がな一日寝たきりなので眠いのに眠れない。


 電気を点けずに真っ暗な部屋で何もせずにぼうっとしていると、一階から音がした。父親が帰ってきたらしい。母親も動き出して途端に騒がしくなる。夕飯を用意したりしているのだろう。話し声が聞こえてくる。


将誠しょうせいは?」


「同じよ」


「いじめとかあったんじゃないのか?」


「でも何も話してくれないわ」


「信頼関係がないからじゃないのか」


「じゃあお父さんが聞いてよ」


「俺は無理だろう、仕事してるんだから。普段一緒にいるお前が信頼関係を築いとかないからこうなるんだ」


「そんなこと言われたって、今さらどうすればいいのよ」


 母がすすり泣く。俺のせいで喧嘩している。


 頭を抱えて丸まる。このまま闇の中に消えてしまいたかった。


 いじめられていると言えばいいのか? でもどうして言える? 後輩にいじめられているなんて。惨めだ。


 真っ暗な部屋の中で一人嗚咽した。




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