第6話「仲直り(酒盛り)」
ギルドハウスの中で俺たち兄妹と参加してくれたヴィルトでファラデーの残念会をしていた。ネカマに引っかかって散財したという事実を受け入れがたかったようなので皆で残念会をして励ましてやろうということになった。そんなわけで俺以外はヴァーチャルアルコールを接種している。フォーレもヴィルトも視線が定まっていない。しかし一番の問題は……
「畜生! 畜生! あんなに好きだったのに……」
泣いているファラデーが一番の頭痛の種だった。実年齢は知らないが、酒を飲み慣れているような奴ではないのだろう、ガンガン課金をして仮想アルコールを脳に染み渡らせていた。結構ごつい体格をしたファラデーがしくしくと泣いている様はなんともシュールだった。
気の毒とは思うが古典的なネカマに引っかかったことを慰める言葉は持っていない。俺は妹に直通チャットを開いた。
『なんか慰めの言葉とかない?』
『「ネカマなんて星の数ほどいますよ」とでも言ったらどうです?』
『とどめを刺す会話パターンじゃねえか!』
ダメだ……妹は当てにならない。伊達に俺を出しにして学校の付き合いを断っているだけのことはある。『お兄ちゃんは私の介護がないと社会的な生活が送れないんです』と言って面倒なことを断っていたと聞いたときはショックだったし、そういう話も聞かないので慰めろなんてどだい無理な話なんだけどさあ……
「まあなんだ……その……なんだ……あれだ……」
『お兄ちゃん、会話デッキ無しのノープランで会話を続けられるのはコミュ力上級者だけですよ?』
『俺は上級者だよ!』
『はいはい』
確かに考え無しだったよ! 図星だよ! つーかヴァーチャルアルコールを脳に流し込んでいるのにそういうところだけ冷静になるんじゃないっての。
なお俺はアルコールの感覚は受け付けない設定にしている。このゲームでは恐ろしいことにギルマスを酒に酔わせてギルドを乗っ取ったという話まで聞くしな。
「ぎるますぅ……俺はどうしたらいいんだ……彼女のいないネトゲライフをどう生きれば……」
消え入るような声だが短期間で籠絡されすぎだろう。あんなネカマっぽい奴に引っかかって恥じ入るでもなく未練たらたらなのがまた可哀想になる。ヴィルトは参加はしたが励ましたり慰めたりする気はない様子で酒を開けている。成人済み女性という自己申告を信じるならただ単に酔いたかったから参加したというだけなのかもしれない。
「あんまり深く考えるのはやめとけ、ネトゲ界は海千山千の古強者が跋扈している社会だぞ? 一々一回一回の失敗を気に病んでたらキリがないんだよ」
ネトゲ界隈には底なしの闇がある。俺がひもといたインターネット上のアーカイヴにそのおぞましい惨劇の数々が残っていた。最近の人はログを読まない人が多いらしいが俺は下調べにネトゲの事件ログを読んで震え上がったものだ。喉元過ぎればとやらで最近の人たちは過去ログを読まない。昔されている失敗を兵以前と踏み抜く。自分だけの被害ならともかく、ギルドに負担をかけるような事態は避けたかったのにメンバーが踏み抜くとは思わなかった。
「だって……あの子には俺しかいなかったんだよ……」
『アイツ大量のカモを抱えてるって掲示板に書いてましたよ?』
『俺もなんとなくそれは分かるがそれを確定させるのはやめてやれ、時にはやさしい嘘だって必要だぞ』
このギルドには面倒なやつしかいないのか……いや、俺だって色恋沙汰に強いわけではない、しかしネカマロールプレイへの耐性はあるぞ。ネット上のアバターの性別と実際の性別は別物に決まっているだろう。なんならヴィルトだって自己申告で女性と言っているが本当のところは知らない。このギルドで性別が確定しているのは俺自身と妹だけだ。
「まあ……なんだ……質の悪い女に引っかかったな……」
「うぅ……こんな事が……」
「あんま気にすんなよ、現実にもファンタジーにも女は山ほどいるだろ?」
細かいことを気にしたら負けだ。俺はヴァーチャルアルコール機能が有効になっているかファラデーに聞いてみた。
「有効にしてますが何か?」
「飲め飲め、飲んで忘れろ。それと現実にネトゲの話を持ち込むのはやめろ、それだけで随分楽になるぞ」
そういえばスーパーのアルコールコーナーに『飲んで忘れろ』とキャッチコピーが張られていた酒があったな。俺が飲めるわけではないがそういったものが必要になる大人だっているのだろう。
「ちくしょう! どうせゲーム内に女なんていないんだよ!」
「何を当たり前のことを?」
ファラデーの突然の言葉に素で反応してしまった。
「え……? 当たり前なの?」
「昔な、とある地域でネトゲ内の性別を自分の性別と同じにしなくてはならないって決まりがあったネトゲがあったんだ。どうなったと思う?」
「あまり想像したくないな……」
「そういうことだ、結局のところネカマだってネトゲの楽しいところだよ、枯れ木も山の賑わいって言うだろ?」
「そうだな……不毛の地になるよりはよほどマシか……」
「ヴィルト! フォーレ! 俺のアイテムから酒をくれてやる! ヴァーチャルアルコールを有効にして存分に飲もう!」
「あれ? それはあのネカマに渡さなかったんですか?」
そうフォーレが問いかける。
「私、こういうの苦手ですとぶりっ子してたんだよ……」
やはりネカマは一朝一夕にしてならず。百戦錬磨の連中が多いようだな。
その日は俺以外の三人が仮想陶酔でベロンベロンになるまでゲーム内で飲み、翌日妹は俺にVRヘッドセットが顔につけた跡を見せることになったのだった。
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