3章13話 私、斗真には弱いから

ʚ隼ɞ



「は、隼くんだ……! 一人だよ、チャンス!」

「で、でもっ、勇気が……」

「今じゃないと、あの地雷女子が来ちゃうよ!?」

「うぅっ……」


僕が廊下を早歩きしていると、女子たちが僕を見て話し始める。

……逃げなきゃ。


過去がよみがえり、足をより速く進める。


「ま、待ってください、隼くん!」


しかし、その女子たちの視界から逃れる前に、引き止められてしまう。


こういう時、姫がいれば。


「ずっと、言いたいことがあって! 実は、私……」

「っっ」


頭が痛みだし、僕は女子から距離をとった。


「えっ、隼くん……」

「ご、めん。調子が。ごめん」

「あっ、その、大丈夫?」


戸惑ったようにして声を出す女子を置き、僕はその場を去った。



「……はあ」


階段を駆け上がり、いつもは姫と二人で向かう屋上へと足を進ませた。

すれ違う男子や女子から聞こえる噂。


「知ってる? 隼くんって、昔、モデルやってたらしいよ?」

「ええ凄い! なんでやめちゃったんだろ」

「知らないー、あ、かっこよすぎて周りの人たちがくすんじゃうからじゃない?」

「それある!」


それだと、僕が偉人みたいになってるんだけどね?

現実は、姫に本音も言えない弱虫なんだけど。


いつも、姫に言わなきゃって思ってた。

姫は、全て僕に賭けてくれて、守ってくれて。


、私はいるんです」なんて言って。


その優しさに溺れてたけど、僕のためだけに存在する人なんて、いてはいけないと思う。

もっと自分を大切にしてほしい。僕に全てを賭けると、きっと不幸になってしまう。


それに、僕たちが出会ったあの時、姫はそんなことを考えていただろうか。




考え事をしていると、あっという間に屋上につく。幸い、というかいつもの通り、人気はない。


「いつもはここで、姫と座ってるんだけどなあ」


姫に向かい、ついガツンと言ってしまった事に少し後悔しながらも、いつもの場所に腰を下ろす。


ちなみに、姫が日岡さんに嫌がらせをしていた事は、同じ代表委員の黒花さんから聞いた。



「もしもし、突然なのですが、隼さん。少しいいですか?」


そう言って黒花さんは、誰もいない部屋に僕を呼ぶと、話し始めた。



全てを語り、先程姫に暴露していた経緯を全て説明し終わった後、黒花さんは俺をじっと見つめた。


「隼さんは、こんな姫さんでも、これから一緒にいたいと思いますか?」


――思う。

とすんなり思えたのは、姫が気付いてくれる、と信じていたからだ。


それを察したのか、黒花さんは薄ら笑いを浮かべた。


「じゃあ、そう姫さんが気付けるように手を尽くしましょう」






「……」


僕は、風を感じながらもフェンスに手をついた。

姫に関しては、願うことしかできない。


けど……日岡さん。

彼女の綺麗な金髪と、整った愛らしい顔が浮かび、僕は唇を噛んだ。


『――くん、大好き』

『僕も、大好きだよ。……――ちゃん』



その後に、僕たちは――ああ、思い出したら失礼かな。

でも、夢に何度も出てきてしまう。僕が、モデルを辞めたその日から。

その後、陰キャを演じたのも、責任を感じてたからなんだけど。


――もう一度話したいって言ったら、断られたからな……どうすれば。




「……私、やっぱり決断力がないみたい。もう話したくないって言ったのに、私、斗真には弱いから」


いきなり鈴のような声が響き、僕はびっくりして振り返る。



頭の中から飛び出してきたように、そこに日岡さんが立っていた。


空色の瞳に、天使のように白い手足。頼りなげに揺れるスカート。綺麗な金髪が、風に揺れてまぶしいほどだ。


……あの時のように、日岡さんは天使のように輝かしい。



「……来てくれたんだ」

「言っとくけど、私の意思じゃないから。ほんとを言うと、顔だって見たくないくらい。……でも、これ以上斗真に堕天使って呼ばれたくないし」


そう言い、日岡さんはぷいと目をそらす。


「斗真、か。ずいぶんと仲がいいみたいだね」

「そ、そういう雑談はいらないのよ! 私はあなたを励ましに来た。それだけ。それだけだから」

「はいはい、怖いなあ」


銃を向けられた時のようにして両手を挙げると、天詩は溜息をついた。


「はあ……私としては、さっさと終わらせたいから、さっさと話をしたいんだけど、あなたを励ますにしても、知らないし」

「うーん、例えば日岡さんが僕に抱き着いてくる、とかどうかな?」

「なぎ倒すわよ」


昔は「もーっ、隼くんのバカ!」とか言ってぽかぽか殴ってきたものだけれど。

今だったら半殺しにされそうだ。怖い怖い。


「とにかく、風環さんは泣いてたけど。女子泣かせて楽しいの?」

「それは……日岡さんが泣いた分なら、僕は姫が涙を流してもいいと思うんだけど」

「ばっ……泣いてなんて!」


頬を赤らめ、日岡さんはたじろぐ。うん、図星かな?


「というか、前会ったときはあんなに顔面蒼白だったのにね。堂々としてるのにびっくりだ」

「元モデルの根性。例え会いたくなくても、表情に嫌な感情は出さない。態度にも出さない。そういうこと」


そういいながら、おぞましい殺気を放つの、やめてくれるかな??


まあ、日岡さんも決心をした、ってところかな。


「実際にモデルしてた時は、根性なかったせいでやめることになったけどね?」

「う、るさい」


青い顔をして日岡さんが僕を睨む。

もうこれ以上からかうとダメかな?


「もう、私は去りたいんだけど。さっさと励まされたらどう」

「いやー、日岡さんが来てくれたから、十分励まされたかなあ。……でも、一つお願いがあるかな」

「……なによ」


「また、話すことはできる?」


金髪を揺らし、日岡さんが後ずさる。


「だめ? 変なプライドは捨ててさ」


変なプライド。それさえなければ、僕たちは友達にだって、何にだってなれるのに。


「……時間がほしいけど。今は、無理」


そう言い切ると、日岡さんは僕に背を向けて、駆けていってしまった。

と思ったら、屋上を去る前に一度だけ振り返り、


「早く風環さんと仲直りしなさいよ!!」

「それはどうもありがとう」


そして、ばたん!! と扉を閉めてしまった。



「はあ」


さっきとは打って変わって、僕は笑みを浮かべながらも息をついた。



止まっていた『過去』が動き出すことを信じて、僕は屋上を出た。





ʚ姫ɞ





「ハンカチ……返さないとですね」


部屋に戻り、私はピンクに統一された部屋の中、ひとり呟いた。お父様のおかげで、部屋のカスタマイズは自由で、実は少し部屋の大きさが他より大きいのです。



頭の中では、黒花さんが言った言葉が反芻される。


『考え方を一つ変えるだけで、姫さんは幸せになれますよ?』――なんだか怪しいのです……。


どの考え方でしょうか? 隼様を好きという気持ちは変わりませんが、他に変えることなど……。


ふと鏡を見ると、メイクの濃い自分と目が合う。


「ううーん……隼様に何を言われても、私は隼様が大好きで、隼様のものですが……一体、なにが」


隼様の前で泣いてしまったのは、自分でも反省ですが……もちろん、天詩さんにも迷惑をかけてしまいました。

天詩さんには後で謝ろうという気持ちになりましたが、どう謝れば隼様に届くのか、それは分かりません。

隼様はそれを拒むかもしれませんし……隼様が傷つくのは嫌なのです。隼様の意志に反することはしたくないのです。


「……とりあえず、お風呂に入りましょう」


今日ゴスロリを着てないのには、犯人が私であることを隠し、周りに溶け込むためでしたが、あっけなくバレてしまったのです……手も、真っ赤なまま取れませんし……。


制服を脱ぎ、下着を脱ぐと、私は風呂場へと足を向けた。


この胸も体も、全てを隼様に捧げますのに、隼様は全く取り合ってくれないのですし。

まず、傷つけてしまった事がなにより悔しいのです。


お風呂につかり、髪や目尻につけたハートを外し、メイクを外す。

中学校の頃の頼りない私の顔が現れ、嫌になるのですが……。



しばらく湯につかり、考えることにしたのです。


『お前が、それに気づくことを、な』――斗真さんの言葉。


何に気付けというのでしょうか……。


『だから、今度は僕が君を助けるよ』――かっこいい隼様のセリフも思い出し、心臓が跳ねます。


隼様は、この時、私のために言ってくださったのです……ああ、そう考えるだけでドキドキしてきました。


『そのせいで、俺だけじゃなく、日岡さん、斗真やその友達までもが傷ついた、って言ってるんだよ!!!!』


隼様からの決別の言葉を次に思い出し、急に気持ちが滅入ります。


今すぐにでも謝りたいのですが、『考え方』の変え方が分からないのです。隼様のためを思うと、謝らないで、私が転校するべきなのかとも思いますし。



「私は、隼様のためだけの……」

『考え方を一つ変えるだけで、姫さんは幸せになれますよ?』

「……!」


私の独り言に、黒花さんの言葉がリピートされて、私ははっとして顔を上げたのです。



「……これ、なのでしょうか」



隼様のために。隼様が全て。私は隼様のもの。


――ではなくて。



「……ため」



しっくりくるものがあり、私はこくりと頷きました。



「――私は、自分のために、自分の気持ちで、隼様に謝りに行きます」


隼様のために、隼様の気持ちのために。

それを脳内変換し、私は風呂から立ち上がった。


揺れる大きな胸と心臓を抑えながらも、私はタオルを巻いて風呂場から出、鏡に向き合う。


鏡を見ると、すうっと意識が中学生の頃へとリンクします。




――あの時、いじめられていた隼様を助けたのは、自分が、それを見て苦しかったから、なのです。


別に、隼様がかわいそう、とかじゃなくて。何もできない自分が嫌だったから、自分の意志で動いたのです。



「私は、初心を忘れていたようです」


私はもう一度しっかりと頷くと、前を向きました。




風環、帝姫。自分に、正直になるのです。

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