3章3話 一つ、斗真に聞きたいことがあって


「ごめんね、急にー。お邪魔します」

「うわぁ、服が散らばってるのです。汚いこと……」

「うん、並楽はいいとして、風環はなぜ入る」


ドアを開けると、並楽に続き、当然のようにして風環が入ってきて、俺はストップをかける。

天詩が入ってきたりして感覚が麻痺しているが、よく考えろ。異性の部屋に入ってはいけない。これ、校則。


「いいのですよ、バレたとしても、金でもみ消せますし?」

「なっ……金……」


目をまん丸にする俺に、隼が苦笑しながらも俺を見た。


「姫は、社長令嬢なんだよねー。この学校の建設費用の3分の1は、姫のお父さんが出したとか」

「そうなのです」


また異次元キャラが来た。次元が違うぞ、次元が!!


「だから、貴方が隼様に意地悪な事をしたら……。お父様に頼めば、指一本で消せちゃうのですよ?」

「安久麻くん大丈夫だよ、姫は冗談が上手なんだ」


殺気を放つ風環の横で、朗らかに微笑む並楽。

おい、冗談に聞こえないのは俺だけか?


「最悪の場合、僕が止めるから大丈夫! あと、僕のことは隼って呼んでね」


キラッキラスマイルでそう言われたら、男でも惚れてしまいそうだな……無論、俺はないが。


「じゃ、俺の事も斗真で。風環もそう呼んでくれ」


「私の事は、風環ではなく姫と呼んでください、なのです。風環は、お父様を連想させて、気分が悪いのですよ」


そう、顔を歪めて、風環――姫がそう言う。家庭の事情、と言うやつだろう。


「分かった。……で、お前ら、用事はなんだ」

「いやぁ僕、斗真と友達になりたくてね。雑談しに来たんだよ」

「本当は私以外に友達など、私は反対で……私一人でいいじゃないですか……」


ごにょごにょと呟く姫を置き、俺は軽く首を傾げた。


「でもお前、友達なら腐るほどいるだろ。何も俺と友達にならなくても……」

「それがねー……。女子は恋愛対象としてしか見てくれないし、男子は何故か僕を避けるしで、実際いないんだよねー……」

「うううぅっ……私、最大の不覚なのですよ……」


悔しいが、なるほどと納得する。

それでなぜ姫が気に病むのか知らんが、大体わかった。


「それで、この俺なのか」

「うん。僕の事をつけるくらい、僕にゾッコン、みたいだしね?」

「こ、殺します! 許しませんのです!」


誤解を生むようなことを言うんじゃない!

俺が顔を悪魔のようにしていると、隼が爽やかに笑う。


「うそうそ、斗真から話しかけてくれたのが嬉しかったんだよ。苗字だって似てるんだし、仲良くなれるかなと思ったからね」


俺は、ここぞとばかりに身を乗り出した。これだよ! この時の為に、俺は隼をつけてたんだ!


「それについて議論したい所存! ……なぜお前はこんなに好かれるんだァ!」

「それは、隼様が素敵だからに決まってるのです!!」

「お前に聞いてねぇ! 並楽って苗字なんだぞ! 俺の苗字で何回、あの天詩野郎にバカにされたか!」

「それは貴方がバカだからなのですよ!!」

「なにおーっ?!」


「まぁまぁ……二人とも、落ち着いて」

「はい、隼様♡」


姫がきゅるんと態度を変えて、隼に頬を擦り寄せた。ここまでくると、美少女に好かれる羨ましさを超えて、不気味に感じる。不思議。


「僕が今、みんなに慕ってもらっているのは、姫のお陰でもあるからね」

「そんなっ! 隼様からそう言って貰えるなんて……」


姫のやつ、いちいちうるせぇ!

と思いながらも顔には出さずに、俺は疑問を口にする。


「つまり、人気の訳は、姫がべたべた引っ付いてるから、ってことか?」

「厳密には違うかもだけど、そうと言っておこうかな。姫は、僕の恩人なんだよ」

「あぁ……私の方が、隼様に助けてもらった恩が大きいのに……っ!」


「いちゃいちゃは他所でやってくださーい」


いちゃいちゃを見せてくる二人をしっしと手で促すと、「ごめんごめん」と隼が両手を合わせた。


「……ああそうだ、僕、一つ、斗真に聞きたいことがあって」

「おう。なんだ?」


隼は、なんでもなさそうに、しかし僅かに顔を強張らせる。


「日岡、天詩さん。、どんな子なの?」

「……? そりゃ、むかつくけど人気者で、頭に来るけど頭がよくて、悔しいが顔もかわいい、といったとこか……くそっ、こんなこと言いたくねぇよ!」


なんかイライラしてきた! 後で押入れを蹴っ飛ばしてやる!


「ふうん、そうなんだ? ……あの日岡さんがね……」

「……前から気になってたが、お前と天詩は会ったことがあるのか?」


すると、隼ははぐらかすようにして爽やかスマイルを浮かべる。くそ……イケメンは罪だ! なにも言えねぇ……!

すると、その表情のまま、さらに質問を重ねてくる。


「そういえば、日岡さんと斗真は仲がいいよね。何かきっかけはあるの?」

「いやあ、仲がいいというか……ははははは」


今度は、俺が爽やかスマイル(仮)を浮かべる番だ。姫が、眉をひそめて『気色悪いのです』と言っていたが、聞かなかった事にしよう。


というか、『実は、天詩と押入れが繋がっているんですよー』、なんて言ったら、この爽やかイケメンが、俺を奈落の底まで落としてきそうだ。なんとなく。並楽だけに。



「てか、なんでそんなに聞くんだよ。そんなに気になるか? ……もしや、天詩のことが好きとか?」

「「……っ!?」」


俺はにやにやと笑いながらも隼を見る。


「えっ!? まさか、そんな訳ないよ!」

「怪しいなあ……」


多分、こいつが天詩に告ったら、即付き合いそう。『お似合いカップル』とか言われてそうだ。……いや、天詩のやつ、確か隼を避けていたっけ?


またその理由を聞いてみようと決心しながらも、俺は時計を見上げた。午後7時。時間的に、そろそろ帰ってもらった方がいいだろう。


すると、さすが気配りイケメン、隼は座り込んでいる姫を引っ張りながらも立ち上がる。


「長い間お邪魔しててごめんね! ほら姫、帰ろう」

「…………」


ぺこんと頭を下げ、打って変わって表情を顔に映さずに、姫はしずしずと部屋を出ていく。おお、おしとやかだと、本当にお嬢様にみえるぞ。さすが社長令嬢。……いや、それを操っている隼が凄いのか?


「じゃあね、また話そう」

「んだな。じゃ」


隼は手を振りながらも部屋を出ていった。ばたんと扉が閉まる。



……やべぇ。もう限界だわ。


途端、どどどどどっと疲れが押し寄せ、俺は地面に突っ伏し、意識を失うようにして眠りについた。



――数時間後に起こる悲劇を知らずに。




ʚɞ




――たん、たん、たん。


月光が窓から差し込み、『1年A組』と記された教室札を煌々と、怪しげに輝かせていた。



たん、たん、たん。



一つの影が、地面に映る。それは、殺伐とした雰囲気を醸し出し、獣のようでもあった。

その影は、両手に何かを握りしめている。



たん、たん、たん。



足音が無機質に響く。足音は、『1年A組』へと消えた。



……とん。



教室の中、不意に足音が止まった。

その影は、手に持っていたものを、ある机の中に入れた。



たんっ、たんっ、たんっ。



足音が急いだように離れていき、教室は再び静けさを取り戻した。





月明かりが、その机をぼんやりと照らし、ネームプレートの光を反射させる。



――『日岡天詩』。


そうかかれたネームプレートはぎらりと輝いて、夜の闇に溶けていった。

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