サイクロプスの眼〜その9
「今回の一件、仕組んだのはアナタですね、羽賀根さん」
夕暮れの情報工学科研究室に、私の声が木霊する。
問題の動画を視聴してから数日後、私たちは再び羽賀根の元を訪れていた。
いきなりのストレート発言に、振り向いた羽賀根の動作が一瞬凍りつく。
怒りのこもった両眼が、まるで異生物でも見るように私を睨みつけた。
逆に、周りにいたクイーン、ドイル、クリスの表情は平静そのものだった。
皆にとっても、想定内の発言だったからである。
「君は……一体何を言って……」
「アナタは、あの廃工場に怪異が出るという情報を利用し、風間さんを廃墟探索に駆り立て、大怪我を負わせたのです」
否定しようとする羽賀根の言葉を
「いきなり訪ねてきて、何を言いだすかと思えば……」
そう言って、驚いたように目を見開く羽賀根。
たがその瞳の奥には、明らかな動揺の色が見られる。
「実を言うと、その情報自体もアナタの捏造したものではないかと考えています。情報工学科でも優秀なアナタなら、ネットの書き込みを操作するなど
羽賀根の態度など全く意に介さず私は言った。
途端に、ムッとした表情となる羽賀根。
私との間に、
「……分かったよ。その熱意に免じて、聞くだけ聞いてやるよ」
やがて、羽賀根は吐き捨てるように言った。
憮然とした顔には、皮肉な笑みが浮かんでいる。
私は目を細めると、再び話し始めた。
「まず重要な点は、風間さんの負傷は怪物に襲われたのでは無いという事……あれは、女子トイレの天板が頭上に落下した事によるものです。あのトイレを調査した際、床に剥がれ落ちた天板を見てそう判断しました。勿論、そのように仕向けたのはアナタです。恐らく、遠隔操作でフックが外れ、落ちるような仕掛けを
「ほほぉ……だがあんな暗闇で、しかも風間がどこに立つかも分からないのに、的確にその頭上へ落とすなど不可能だと思うがね」
私の説明を聞いた羽賀根が、さらに口角を吊り上げて言った。
「仰る通りです。だからアナタは二つの工夫をした」
私は動じる事無く、言ってのけた。
「二つの……工夫?」
おうむ返しに、その言葉を呟く羽賀根。
笑いながらも、微かに頬が震えたのを私は見逃さなかった。
「一つは、天板の仕掛けの数を増やした事です。こうすれば、風間さんがどこに立とうと対応できます。その真上の天板を選択すれば良い訳ですから……この事は、天板の残骸が複数だった事で分かりました。風間さんに天板が直撃した後、アナタはカムフラージュのため、あえて仕掛けた全ての天板を落下させたのですね?」
しかし羽賀根は、その問いには答えなかった。
黙ったまま、ただじっと私の顔を睨み続けている。
私は軽く肩をすくめ、話を続けた。
「そしてもう一つの問題……暗闇で風間さんの立ち位置が分からないという点についても、アナタはある工夫をしました。それが【隻眼の怪物】です」
「……さっぱり分からんな。一体、その怪物が何の工夫だと言うんだ?」
怪物という言葉を出した途端、羽賀根は吐き捨てるように言い放った。
まるでその質問を予期していたかのように、私はポケットに手をしのばせる。
「それは……これです」
そう言って、取り出したものを差し出した。
「……これは?」
「サイクロプスの眼ですよ」
わざとらしく首を
そこにあったのは、小さなグロム球だった。
「これは、あの女子トイレに使用されていたものと同じグロム球です」
それを見た羽賀根の表情が一変する。
先ほどまでの小馬鹿にした笑いは影を潜め、一気に顔が凍りついた。
「風間さんの位置を知るには、一瞬でも部屋全体を見渡せる明かりが必要となる。だが蛍光灯では明る過ぎて、天板の仕掛けを知られてしまう恐れがある。そこで、このグロム球を使う事にした。光度を落としたコイツなら、怪異に気を取られた風間さんが気付く事は無いだろう……アナタはそう判断したのです」
話が進むにつれ、次第に落ち着きを失う羽賀根。
視線をそらし、指先でせわしなく机上を叩き始める。
私は冷めた目でその様子を観察した。
「あの女子トイレに【巨大な黒い影】が出没すると情報を流したのも、プロジェクターで実際に怪異を出現させたのも、全てこのための布石です。その意識を、怪異のみに向けさせたかった……実際風間さんは、プロジェクターの放つ【ボンヤリした光】も、怪異によるものだと思い込みました」
話を聴くメンバーの脳裏に、低温試験室での実証実験の光景が蘇る。
あらかじめ、それがプロジェクターだと分かっていたから、さほど驚きもしなかったのだ。
あれが暗闇の廃墟、しかも怪異の噂のある場所であったなら、風間でなくとも本物だと信じ込んだに違いない。
「私がこれに気付いたのは、アナタに観せてもらった動画と、私たちが調査した際の写真を比較した時です」
私は説明を続けた。
「私たちが調査した時には、垂れ下がった蛍光灯にグロム球はありませんでした。しかし、動画の中に映った蛍光灯にはグロム球が付いていた。つまり、風間さんを負傷させた後、それを誰かが持ち去ったという事になります。恐らくグロム球にも、遠隔操作で点灯する仕掛けがなされていたため、用心のため外したのでしょう。しかしその後、動画を加工する際、怪異と天板を削除する事に気を取られ過ぎて、うっかりグロム球は見落としてしまった」
皆の視線が羽賀根に集中する。
動画を加工したのが羽賀根である事は、すでにメンバー全員の統一見解である。
そしてそれは、グロム球を隠匿したのがこの人物である事も意味しているのだ。
「アナタは風間さんが位置につくと、プロジェクターを起動させ【巨大な黒い影】を出現させた。と同時に、グロム球を
「そ、それじゃ、風間さんが見た【隻眼の怪物】というのは!?」
横からドイルが、溜まりかねたように声を上げる。
私はその方を振り向き、小さく頷いた。
「グロム球の明かりが、丁度天井にまで届いていた黒い影の頭部と重なったんだ。それを見て、風間さんはそれが一つ目の異形だと思い込んだ」
ドイルは一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに納得したように頷いた。
私は、視線を再び羽賀根に戻した。
「以上が、一回目に風間さんが負傷した事件の全容です。そして怪我が致命傷にならなかった事に不満だったアナタは、全く同じ手口で再び風間さんを罠にかけた。同じ廃墟、同じ怪異、同じ仕掛けを使って……恐らく、あの廃工場の怪異を信じ込んでいた彼の心理を、うまく利用したのでしょう。そして怪異に気を取られた風間さんは、また天板の直撃を受けてしまった。アナタの思惑通り、今度こそ意識不明となる大怪我を負ったのです」
「いやぁ、実に見事だ!」
私が話し終えると同時に、羽賀根が称賛の声を上げた。
先ほどまで緊張していた表情が、元の
「非常に良くできたトリックだ。ミステリー小説には、まさにもってこいだな。だが……所詮は君の想像に過ぎない。なんの証拠も無い、ただの妄想だよ」
その嬉しそうな口調には、どこか無機質な響きがあった。
表情も、いつの間にか真顔になっている。
「天板の仕掛け?グロム球?仮にそんなものがあったとして、それをやったのが僕だという証拠はどこにあるんだい?動画の編集加工など、公開前には必ずやる事だから証拠にはならんよ。編集ミスだと言えば通る事だ……それに、君の説明には最も重要な点が抜けている」
そう言って、羽賀根は私を睨みつけた。
瞳の奥が怪しく光った。
「……【動機】だよ。一体僕は、なんで仲間の風間を襲う必要がある?彼がいなくなれば、『廃墟の謎を解け!』が存続できなくなるんだぜ。あれは風間と僕と香澄と、三人で作り上げた大切なジャンルなんだ。もはや生き甲斐とも呼べるシリーズだよ。彼の欠員はデメリットこそあれ、僕には何の得にもならない……君の説は、全く理に叶っていないよ」
羽賀根はそこまで淡々と語ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
各位の心中に、仄かな怒りが湧き立つのが感じられた。
「確かにアナタの言う通り、これまでの説明には証拠が伴っていない……ですので、ここからはアナタの言われる【動機】に焦点をあてたいと思います」
そう答えると、私はクリスに向かって目配せした。
頷いた少女は、鞄からタブレットを取り出す。
皆の方に向けた画面には、すでに映像が映し出されていた。
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