星に願いを
雪は瞬のお気に入りスポットである天文台に毎日足を運んでいた。
瞬が姿を消して一ヶ月。人間は死ぬときに光の粒子となって消えるのだが、生憎と雪は瞬が光の粒子になる瞬間を目撃していない。眠りから覚めたときにはもう瞬は消えており、
「瞬……どこにいるの……」
溢した呟きは闇夜に溶ける。
今にも涙が溢れ出しそうな瞳をぐっと我慢した。胸に穴が空いたような、世界から色が消えてしまったような、ずっとそんな感じだ。
満天の星空を見ると心が締め付けられる。瞬が好きだったこの景色。瞬が願った星の輝きの理由。
「私にできることは……」
瞬を一人で探しても、見つけ出すことは不可能に近い。それに、生きてはいないのだろう。信じたくはないが、瞬と音信不通になることは今までなかったのだし。そう思ってまた涙が出そうになった。
雪は瞬が隣りにいてくれたらそれでよかった。
だから瞬が謎を追求していても雪は気に留めていなかった。
けれどその瞬の夢は、きっともう叶えることはできない。
「だったら私が……」
星に願いを込めて、瞬の夢を叶えてみせる。
そう決心して、雪は――
☆ ☆ ☆
瞬が現実世界に来て一ヶ月、休日は紗知を連れてずっと図書館に籠もっていた。そんな瞬の姿はまさに知識欲の権化である。この辺、紗知には苦労をかけている。瞬を監視するため、紗知には休みがないのだ。少し可哀想だなと瞬も思うが、どうしても図書館に通うのはやめられない。知らなかったことを知るのはとても楽しいのだ。
ちなみにだが瞬もしっかりと仕事をしている。メインは人を殺すことだ。
危険思想には危険度指数があり、瞬のように好奇心だけの存在はそこまで高くないらしい。人に加害しようと潜在的に思っている人は危険度指数が高く、殺すという対処をしているそうだ。だが、危険思想を持った人間を殺そうにも、殺人を執行した人が精神を病んでしまうらしい。瞬は殺人に忌避感はないのだが、これは珍しいことだそうで、瞬が殺されずに現実世界に連れ出されることになった決めてはこれだろう。
人を殺すことが仕事とはいっても、毎日人を殺しているわけではない。実を言うと瞬はまだ一人しか殺したことがなく、ほとんどの仕事はオフィスの掃除や食堂の食器洗いなのだ。
オフィスには食堂があり、お金を払ってご飯を食べることができる。瞬は給料が出るまでタダで食べさせてもらっていたが、昨日給料が出て、これからはお金を払うようになった。
初めてご飯を食べたときの感動は今でも覚えている。肉を噛んだ瞬間、旨味が口に広がり、嚥下して腹に入れるのは至高であった。白米も最高だ。人によっては無味らしいが、あの優しい旨味がいいのだ。咀嚼を繰り返すほど甘みも感じられる。
このように瞬は食事の虜になっていた。廉が肉を食ったときに生を実感するというのも、瞬は少しだけ理解できた。
けれど紗知は白米と味噌汁だけの、一番安いメニューしか食べない。こんなにも美味しい食べ物がたくさんあるというのに、勿体ないことだなと思う。
館内に閉館を告げる放送が流れ、瞬は紗知と共に席を立った。今日読んだ本は世界の政治について。日本の政治もそれなりに勉強して、他の国との違いも気になったのだ。
図書館を出ると外は夕焼けに染まっていた。電脳世界では日中と夜中の概念しかなかったから、この光景を見たときは驚いたものだ。けれど、
「なあ、星が綺麗に見えるとこって東京にはねえの? たまにちらほら見えたりするけど、なんか物足りないんだよなぁ……」
「あの世界と比べられても……あそこはプログラムで絶景になるよう設定されてるんですから」
「その辺は勉強して分かったけどさぁ」
星は核融合を起こして光っていることも、無限と表現する他ないくらい存在しているのも理解した。そしてあの世界は人間以外、全て作り物だということも。
「星の輝きはあの世界に劣るな」
「……そんなに凄いんですか?」
「ああ、凄いよ。それもこれも作り物だと知ればつまらなく思うけど……それでも俺はあの星空がまた見たい」
「そうですか。それは私も見てみたいですね」
この世界にあの天文台があるかは瞬には分からない。東京からは特別な仕事をしている人以外、出ることはできないからだ。けれど、きっとあるんだろう。そして満天の星空を見ることはできないんだろう。理解はしているが、なんとなくあの天文台に行きたいなと瞬は思う。
日没を眺めながらゆったりと歩いていると、紗知が右耳に手を当て、通話を始めた。
「……はい。……はい、分かりました。すぐに向かいます」
瞬は紗知がトランシーバーでの無線通話を終えたのを確認した。
「どうかした?」
「瞬さんに仕事が入りました。今から第八十収容ビルへ向かいます」
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