電子の夢と偽りの星

福山慶

小夜曲(セレナーデ)

 二十時になると、世界は突如として闇に切り替わり、満天の星々が人を包むように光り輝く。今までずっと世界は明るかったのに、不思議だ。

 不思議には思うが、この光景が心和やかにさせることには違いない。

 ネオ東京郊外のE地区を抜け、誰も立ち入らない山の中腹にひっそりと佇んでいる寂れた天文台は、高木瞬たかぎしゅんのお気に入りスポットだ。普段は家で一人小説を書いている彼だが、星が顔を出す時間になると決まって毎日足を運ぶ。

 コツコツと階段を登り、屋上への扉を開けると、ギィッと軋む音がした。なんだかいけないことをしているみたいで、この瞬間はいつも気持ちが昂ぶる。

 屋上へ出ると鬱蒼とした木々と、遠くに見える都市部のネオン、そして無限に広がる広大な星々とのコントラストが目に映り、全ての呪縛から解き放たれたかのような気分になった。

 ツルツルの地べたにのっそりと腰を下ろして、時間と空気の流れを全身で感じながら、いつものようにただ、星空を眺める。瞬からすれば、このまま何時間でも静かに過ごしたいが、今日はそうはさせない人物がいた。


「まさかここに着くまで一時間もかかるとは……瞬ってこんなとこにいつも来てるんだね。星、好きなの?」

「まあな」


 瞬に話しかけたのは、白いワンピースを来て、艷やかな長い黒髪をストレートに下ろした少女だ。名前は逢坂雪あいさかゆき。瞬とは家が隣同士で、十六年間を共に過ごしてきた、いわゆる幼馴染というやつだ。今日はずっと瞬に付いてきていた。


「まさか瞬にそんな趣味があるとはね」


 からかうように言う雪の顔は、まだ少し幼さが残る。雪も瞬のすぐ隣に腰を下ろす。


「こんなのを眺めてて楽しいの? 毎日どこでも見れるのに」

「楽しい、とかじゃない。落ち着くんだ。それに考え事も捗る」

「考え事って小説?」


 小説なんて誰も読まないのに、とでも言いたげな雪の視線には物申したくなるが、何を言っても無駄だろうと半ば諦念の思いで無視を決め込むことにした。


「確かに小説について考えることもあるが……まあ一言で言えばこの世界についてだな」

「わお。スケールが大きいね」


 瞬は満天の星空を指差して、


「なあ、どうして星は光ってると思う?」

「そういうものだからでしょ」

「物事には必ず理由があるはずだ」

「相変わらずだね」


 雪は瞬に呆れ返った。

 思えば小さい頃からそうだった。瞬は何かと些細なことを気にする傾向がある。どうして空は青いのか。どうして人は歩けるのか。どうして人は誕生するのか。

「そういうものだから」という答えはお気に召さないらしい。


「この世界は非合理的過ぎるんだよ」

「ふーん」

「俺の話、聞いてないだろ?」

「私には難しくてよくわからないなあ」

「あのなあ」


 瞬は深くため息をついた。


「ため息をつきたいのはこっちの方だよ。なんでこんな面倒くさい人を好きになっちゃったかなあ、私は」

「失望したか?」

「別に。瞬のそれは昔からだもん」


 もう慣れたよ、と微笑みながら、雪は瞬の方へ体を寄せ、整った綺麗な顔を瞬の肩に乗せる。


「あと、二年かあ」

「何が?」

「私たちが結婚できるの」

「ああ……」

「何? その、ああ……て。なんかもっとあるでしょ」

「すまん」

「ふふっ、やっぱり瞬にはロマンチックが似合わないね」

「雪には似合うからいいんじゃないか?」

「なっ! 急に何言ってんだ!」


 夜の闇でも見えるほどに顔を真っ赤にした雪はなんだか可愛らしい。瞬の口元が少し綻んだ。


「もう、ホント馬鹿なこと言うんだから」

「悪い」

「――幸せだな」


 雪のしみじみとした言葉に、瞬は胸を抉られたような気がした。瞬には雪の言う『幸せ』というものが分からない。

 そんな瞬の惑いには気づかず、雪は間を待たずして話を続ける。


「ねえ、結婚したらさ、子供は何人がいいかな?」

「多いと大変だぞ」

「分かってるよ。でも十人以上は欲しいなあ。神様からの贈り物なんだし」

「神様、ねえ」

「むっ。まーた一人で面倒くさいこと考えようとしてるでしょ」

「あー悪い。俺の悪い癖だな」

「全くもう」


 笑って、星を見続けて、どれくらいの時間が経っただろう。気づけば雪は寝息を立てていた。頬をぷにぷにとつついてみても起きる気配はない。純粋無垢な寝顔だ。

 雪の顔を弄るのをやめて、瞬は星空を見ながら先の会話を思い返す。

 子供は神様の贈り物。夫婦が役所に子供が欲しいと届け出をして、巫女が神に祈るのだ。彼らに子供を与えてくださいと。そうすればおよそ一年後に赤ちゃんが誕生する。光の粒子が集まって、形成されるとのこと。赤ちゃんが誕生する場所は定められていて、役所にある専用のカプセルに神様が届けてくれるらしい。

 無から有を生み出すのは不可能だと思うのだがな。

 人が死ぬときは誕生するときと真逆だ。唐突に光の粒子となって空へ還る。創造主である神の元へ行くのだそう。

 変じゃないか?

 どうして今までの人たちはこのことに疑問を感じなかったんだ。どうして世界には未だに未知が多い。

 たとえ神がいたとしても、その神が何者なのか、知りたいとは思わないのだろうか。瞬は、強く知りたいと願っている。小説を書いているのだってそう。自分の貪欲な知的好奇心を吐き出すために。無知なままでいる世界中の人たちへのアンチテーゼのために。

 星々は永遠に輝いている。この輝きが消えたことは今までにないそうだ。

 雪の寝息を聞いていると、瞬も眠りに誘われた。美しい星と、この世界の真理を頭の中でぜにしながらゆっくりと瞼を閉じる。






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