第115話 ハイン一同、ムシックの真意を聞く
建物の中の広い一室に皆で集まると、開口一番ムシック教官が話し始めた。
「さてと。全員揃っているね。まずは皆お疲れ様。先程も言ったと思うが今回の緊急依頼はこれにて終了だ。だが、それも兼ねて今回はもう一つの目的があった。今回勇者クラスだけで強行したのはそれが一番の理由だった。今からそれを話させて貰うよ」
ムシック教官の言葉に集まった皆が無言になる。他のクラスの参加を避けてまで自分たちだけでこの任務を行った理由は確かに気になっていた。他の皆も同様だったようで、皆無言でムシック教官の次の言葉を待つ。少しの間を置いてムシック教官が口を開く。
「まず、今回の緊急依頼で私が君たちについて調べたかったのは現時点での個々の強さや才覚は勿論だが、『勇者に足る資質』を見たかったのさ。不意打ちなのは勿論、事後報告になった事に関しては謝るが、そのお陰で予想以上の成果が見られたよ」
ムシック教官の発言に隊士たちからざわめきが起こる。
「……どういう事ですか?我々のヒュドラ討伐の成果が、そのまま評価に繋がるという訳ではないのですか?」
一人の隊士の問いかけにムシック教官がにやりと笑って答える。
「その通りだ。正確に言えば討伐数がまったく評価に繋がらない訳ではないが、それよりも評価に値するポイントが多数存在したといった方が正しいかな」
そう言って自分の手にしたメモ用紙と、横にいたベージン教官から手渡された用紙を眺めながら質問した隊士に再び目をやりムシック教官が口を開く。
「えぇと君は……うん、コルア君だね。君個人の討伐数はヒュドラが四体か。固体値から見ても中々のサイズを一人で仕留めているね。これは充分に特級クラスに相応しい実力だと思うよ。今この場で冒険者として旅立っても立派に通用するレベルだと思う」
ムシック教官の言葉に、少し得意気な表情を浮かべるコルア。そんな彼を一瞥した後にムシック教官が話を続ける。
「ただ、ワームの討伐数はゼロだ。しかも君は道中でワームが既に住民が避難していて無人とはいえ、住居を破壊しているワームに気付いていながら無視してその場を離れているね。これについて説明して貰えるかな?」
ムシック教官からの突然の質問に、一瞬言葉に詰まるコルア。少しの間を置いてコルアが口を開く。
「それは……我々の目的はあくまで殲滅ではありますが、ヒュドラの方が存在としては脅威であるためそちらを優先すべきかと判断しまして……」
何を言われるかまでは把握出来ずとも、質問の内容から自身の望む評価が得られる事がない事を察したのかコルアの声が次第に小さくなる。そこへムシック教官が更に言葉を続ける。
「うん。分かっているじゃないか。そう、我々の今回の目的は『殲滅』なんだ。ワームもヒュドラもこの街にとって厄介な存在なのは変わりない。君があのワームを無視した事によって、他の隊士がその後ワームを見つけて代わりに始末した。討伐結果としては変わらないが、君が放置した事によってワームはその間に討伐される前に暴れまわって住居を半壊させていたよ。もし、あの時君がワームを放置せず仕留めていれば、あの家に住んでいた住民はすぐにでも家に帰れていただろうね」
そこまで言われたところでコルアがはっとした表情を浮かべたと同時に俯く。ムシック教官が何を言いたいのかを理解したのだろう。その様子を見てまたムシック教官が周りを見渡して言う。
「……おっと。個人攻撃は良くないからここからは全員に向けての言葉とさせて貰おうか。彼だけじゃないよ?私が討伐数と素材も含めて評価すると言ったからだろうけれど、ワームを軽視、あるいは無視して戦闘にすら参加していない連中はちゃんと確認しているからね。あえて一人ずつ名前を挙げる事はしないけど、自覚している者はしっかり反省するように」
教官の言葉に何人かがコルアのように俯きバツの悪そうな表情を浮かべている。その中には自分たちがワームの群れに遭遇し、コーガに一喝された連中もいた。ワームを討伐するどころか無視していた連中にはさぞかし耳が痛いことだろう。そんな連中を横目にムシック教官の話は続く。
「いいかい?君たちは『戦闘狂』でも『賞金稼ぎ』でもないんだ。勇者として施設を旅立つ身なんだ。評価や素材の良し悪しで戦う相手を選んではいけない。手柄や名誉、報酬に捕らわれない、君たちが目指す『勇者』という存在の重さを今ここで自覚して欲しい。特級クラスに名を連ねている者としてね」
ムシック教官の言葉に皆何も言えず無言になる。その空気を察してか、やれやれといった感じでムシック教官が仕切り直すように言う。
「ま、今回の事を機に今一度勇者とは、という事を見つめ直すきっかけになればと思うよ。あぁ、もう一つ皆に私から謝っておく事があるんだ。今回チーム戦といったが、それはあくまで建前で私たちが把握している関係性を元に分けさせて貰ったに過ぎないんだ。常に行動を共にしているメンバーを意図的に分けたり、あえて同じチームにしてみて実力や相性を確認したりね。結果的には正解だったみたいだけどね」
そう言って自分とコーガの方をちらりと見て言う。確かに、今回のチーム分けがなければコーガとの関係改善はなかっただろう。コーガもこちらを見て苦笑している。ムシック教官がなおも言葉を続ける。
「ただ、今回の結果を反映させて、今後の施設での講義や実習をクラス内で二つに分けさせて貰う。つまり特級AチームとBチームという形でね。勿論、Aチームの方がより首席に近い存在になる。勇者クラスの首席はAチームの中から選出する予定だよ」
ムシック教官の発言に一同がざわつく。今回の結果がそこまで大きいものになるとは思わなかったからだろう。だが、その中で自分はまったく別の意味で動揺していた。
(……クラス内をチームで分けるだと……?おかしい。過去にそんな事はなかった。クラスの中で別々の講義や実習が個々で異なる事はあっても、ここまで明確に明言される事はなかったはずだ)
自分が過去と異なる速度で特級に進んだ事やコーガとの出会い方の違いで未来が思わぬ形で変わったのだろうか。動揺を態度に表さないよう抑えていると、ムシック教官が淡々と告げる。
「さ。思ったよりも話が長くなってしまったね。じゃ、最後にAチーム入りのメンバーを発表して今日はお開きとしようかね」
そう言ってムシック教官が一枚の紙を手にしてつぶやいた。
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