第114話 ハイン一同、街へと戻る
「緊急依頼……完了とは?どういう事ですか教官」
カミラがムシック教官に尋ねる。
「どういう事も何も、今君たちが仕留めたその赤ヒュドラ……いや、正確にはヒュドラ亜種だね。変異種クラスに分類するには過去データから見ても行動パターンが原種に近いからね。まぁ、今はそんな話は置いておこう。とにかく、今君たちが仕留めたヒュドラでこの地域にいたヒュドラの群れは全て討伐完了という訳さ」
そう言って親指を立ててムシック教官が言う。こちらの反応を確認して教官が更に言葉を続ける。
「しかし、一時はどうなるかと思ったけどやはり君は期待以上の逸材だねぇ、ハイン君。緊急事態の狼煙を見てこちらに駆け付けてみたが、素晴らしい戦いだったよ。最後はひやひやしたけどギリギリまで見守っていて良かったよ」
見ればムシック教官の背後に先程避難していた隊士が立っている。……なるほど、彼がただ安全地帯に隠れるだけじゃなく、狼煙で教官に危機を知らせてくれていたのだろう。
「……ありがとうございます。それで……教官はどこから見ていたんですか」
自分の問いにムシック教官が意地悪く笑って答える。
「ん?『私は』途中からだね。もう少し駆け付けるのが早ければもっと君たちの戦いをじっくり観察出来たのに残念だったよ。ま、詳細は彼から後でゆっくり聞くとするさ」
ムシック教官のその言葉に違和感を覚える。……今、教官は『私は』と言った。という事は、他の誰かが自分たちの戦いをどこかで見ていたというのか。そう思った瞬間、不意に物陰から一人の男が姿を現した。その姿を見た瞬間、ムシック教官の言葉を理解した。
(……マジかよ。ずっと陰から俺たちの戦闘を見ていたって事か?……全然気付かなかったぜ)
そこにいたのはムシック教官と共に今回同行していた寡黙な教官だった。姿を現しても尚、変わらず無言の彼に代わりムシック教官が口を開く。
「あぁ。そう言えばきちんと紹介していなかったね。彼はベージン。ベージン=ランキーブ君だ。闘士クラス特級の教官さ。ハキンスの才能をいち早く見抜いた男……言わばハキンスの師匠みたいなもんだね」
……なるほど。いくら自分たちが戦闘に必死だったとはいえ自分は勿論、コーガたちが気付けなくても無理はない。あのハキンスを育てた程の人だ。自分たちに気付かれずに一部始終を見守りながら気配を殺す事など容易い事だっただろう。
「……あまり大袈裟に話を盛るな、ムシック」
そう言ってベージン教官が口を開く。声を聞くのは初めてだが、見た目通りのいかにもといった低く重い声。その寡黙な様子にどことなくハキンスの姿が重なる。ハキンスの口調や態度はこの人の影響だろうか。そんな事を思っているとベージン教官がこちらに近付いてくる。
「……ハキンスから君の話は聞いていた。『自分を超える存在が現れたかもしれない』とな。故に君……ハイン君に興味があった。あの男にそこまで言わせる程の男に、な」
ベージン教官の言葉に思わず顔を上げる。自分に対するハキンスの評価にも驚いたが、あのハキンスがそこまでこのベージンという男に気持ちを打ち明けていた事に衝撃を受けた。そんな自分の思いを余所にベージン教官がなおも言葉を続ける。
「……正直な話、最初に君を見た時はあいつの過大評価ではないかと思っていた。隊士混合試合の流れと結果を聞いていてもだ。単にあいつの慢心故の結果ではないかと疑っていた。だが、それが間違いだったと今回それを思い知らされたよ。施設を卒業する前に君という存在に出会えた事はあいつ……ハキンスにとって大きなプラスになったという事を認めざるを得ないな。感謝するよハイン君」
先程の戦いを自分で振り返ってみても正直悔いの残る結果だと思うのだが、ハキンスを誰よりも近くで見ている存在であるベージン教官にそこまで評価された事は素直に嬉しかった。そう思っていると会話に割り込むようにムシック教官が口を開いた。
「はいはい。会話の内容的にもっと聞きたいところではあるが一旦そこまでだ。傷の手当や他の隊士の休息も早いところ進めたいからね。ひとまず皆で集合場所へと戻ろうか」
ムシック教官にそう言われ、ひとまず会話を中断して最初の集合場所へと戻る。既に集合場所にはテートをはじめとした対抗チームの面々、コーガたちを除いた同チームの面々が揃っていた。
(……そういや、ザガーモとカミラ、それにコーガ以外の面子の誰が同チームかろくに把握してなかったな。他の連中がどんだけの成果を挙げたとか、そんなところに気を回す余裕はなかったからな)
そんな事を思いながら待機している隊士たちに合流しようとした時、自分たちを遠巻きに見つめる街の面々の中からあの子供が自分に向かって駆け寄ってきた。
「お帰りなさいお兄さん!お兄さん、約束通りパパとママの敵を取ってくれた?」
目を輝かせてこちらに来た子供の頭を撫でながら言葉を返す。
「あぁ。約束は守ったよ。……トドメを刺したのはこっちのお兄ちゃんだけどな」
そう言ってコーガを指差した。子供がコーガの方を見て尋ねる。
「そうなの?長い髪のお兄ちゃんがあいつを倒したの?」
そう尋ねる子供の前にコーガが目線を合わせるように屈み、子供の頭を優しく撫でながら言う。
「いや。確かにトドメを刺したのは俺さ。でも、そっちの兄ちゃんが凄い技であいつをやっつけたんだぞ。凄かったんだぞ?あの赤い蛇を炎でこう、ぐわーっと燃やしてな」
こんなに優しい顔をして笑うコーガの顔は久しぶりに見た。おそらく転生してからは初めてだろう。頭を撫でられた子供はコーガと自分を交互に見て満面の笑顔で口を開いた。
「そうなんだ!じゃあ髪の短いお兄さんと髪の長いお兄さんの二人があいつを倒してくれたんだね!本当にありがとう!」
そう言ってこちらにぺこりと頭を下げ、街人たちの元へと戻っていった。
「……ったく、何いちいち言わなくていい事まで伝えるんだよ。お前が倒した、って事で良いじゃねぇか。事実、お前の一撃であいつを倒したようなもんなんだしよ」
コーガが頭を掻きながら言う。
「いや、だって実際トドメを刺したのはお前だろう?俺はもうあの後一歩も動けなかったんだしさ」
そう自分が返すと、はぁ、とため息をついてコーガが言葉を続ける。
「……そうだよな。お前はそういう奴だよな。まぁいいや。とにかく、この後もだが施設に戻ったら色々付き合えよ。……お前とはちょっとじっくり話してみてぇからな」
コーガがそう言ったところでムシック教官の声が周囲に響く。
「さぁ。これで全員集合だ。一人も欠ける事なく無事に任務を終える事が出来て私も一安心だ。皆、疲れているだろうし早く休みたいとは思うが、解散する前に全員に話がある。まずはあの建物に集まってくれたまえ」
ムシック教官のその声に、ひとまず全員で建物の中へと集まった。
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