あなたを愛して、痛かった。

@hiyochi

第1話

「僕ら、出会って4年経ったね。」

「そうだね。」


「来年は結婚しようか。」

「指輪は高いのにしてね?」

「はいはい。」


そんなことを話した夜から、

私の胸からナイフが抜けない。




悲しみなんて、とうに忘れてしまった。

あなたを愛して痛かった。

ただ、痛かったの。






-5年前-


深夜の2時半。目覚まし時計が騒ぎだすには早すぎる時間帯に、私のスマホが大きく鳴った。


(こんな時間に誰、)


スマホの画面には、"みつくん"の文字。


「もしもし。」


「もしもし…日鞠ちゃん。


三月が、死んだわ…」


相手はみつくんのお母さんだった。


たったそれだけの言葉を理解するのに、どれくらい時間がかかったのだろう。すごく遅かったかもしれないし、すごく早かったのかもしれない。

震えていて、今にも消えてしまいそうな声だった。

電話の向こうでは、すすり泣く声がいくつか聞こえて、私の知ってる声達が、どうしようもなく漏れていた。

私の中の血液が、どくどくと音を立てて濁流に呑み込まれそうになっていった。



はっきり言うと、そこからの事はよく覚えていない。

気づいたら病院にいて、気づいたら夜が明けていた。

私の中の水分は枯れていて、痛くて痛くて仕方なかったことだけが、私の中に張り付いている。

自分でも、ここまで記憶が飛ぶことなんて、そうそうないだろうと思っていたが、案外人の記憶は簡単に途切れるらしい。


それから、お葬式に行って、火葬場に行って、

いろいろあって、


5年が経った。


たったの5年。


私自身、ほとんど変わらずの5年だ。


変わったのは、30手前になった年齢と、

主食がカップ麺になったことくらい。


あとは、そう、みつくんがそばに居ないだけ。


みつくんと出会ったのは、確か20手前の時だった気がする。同い年でかっこよくて、いわゆる一目惚れってやつだったのかな。そんなみつくんに告白された時は、心臓バクバクで倒れちゃうんじゃないかと思ったよ。今でもたまに夢に見るんだけどね。みつくんは私に『綺麗』とか『可愛い』とかちょくちょく言ってきたけど、今の私を見たら、きっと幻滅しちゃうね。


カップ麺は、"好き"って訳じゃ無いんだよね。簡単に胃袋に入れられるし、すぐ食べれるから。味わう、なんていつ頃からしてないんだっけ。よく思い出せないや。

そういえば、みつくんがいなくなってから初めて口に入れたものも、シーフード味のカップ麺だったっけ。ま、どーでもいいか。


みつくんは、料理が上手で健康にうるさい人だったから、私がカップ麺を週5で食べてる、なんて知ったら怒るかな。怒るだろうな。


仕方ないじゃない。みつくんはもう、

いなくなっちゃったんだから。

そんなことを考える度、心にズキンと痛みを覚える。


あ、そんなことより!雨降ってきたじゃん。

なんで!?天気予報は晴れだったんだけど。

せっかくの休日だからお布団干そうと思ってたのに〜。

『僕にはひまりが居れば雨でも雷でも関係ない』

ってみつくんは言ってたけど、お布団干せないのはまずいな〜。てか、そんなイタい台詞言えるのなんて、みつくんぐらいだよね。


まさか、この雨はみつくんのカップ麺に対する呪いだったりするのかな。みつくんならやりかねないなぁー。なんてったって私の事大好きだったからね。

『ひまりを形作っているのは僕でしょ』

なんて頭のおかしいことを自信満々に言ってたっけな、懐かしいや。


あ、そろそろ行かなきゃ。布団は仕方ない、乾燥機かけてくるしかないな。あれ、スマホがない。どこいった、鍵と一緒に…あった!

『こら、ひまり!毎日ちゃんと忘れ物確認しなって言ってるよね?』

そうだった。忘れ物確認は毎日ちゃんとしないとだ。

口うるさいみつくんがいないと、ほんと毎日がバタバタ忙しくなる。


「じゃ、いってきまーす。」

誰もいない小さな部屋に私の声だけが響いた。

少し前まで、

『ちゃんと戻っておいでよー』

なんて言葉が返ってきていたはずなのに。

また1つ、痛みが熱を帯びて私の体を巡ろうとした。



そして私は、久しぶりに"みつくんのところ"へ来た。もう、私の第2の家と言っても過言ではないのか?なんて思ってたりもする。


「こんにちはー」


「いらっしゃい、日鞠ちゃん。さ、上がって。」


居間に招かれると、いつもの顔ぶれが揃っていた。

みつくんのお母さん、お父さん、妹のかよちゃんだ。

月5ぐらいのペースで顔を出しているので、ほぼ家族みたいなもん。ここ2週間は仕事でバタバタしていて来れなかったから、久しぶりに顔が見れて一安心だ。


「お仏壇、お借りしますね。」

これが私の、いつもの合図。


和室に入ると、いつものお線香の匂いが私の心を落ち着かせた。

綺麗に整えられた座布団の上にお邪魔する。

手を合わせて、目を瞑る。

そして、私の最新の日常をみつくんへ伝える。

みつくんは縁の中から昔と何一つ変わらない笑顔でこちらを見つめている。

それが時々、とてつもなく私の心を締め付ける。

気づくといつも、涙が零れてしまう。

意識している訳ではないので、理屈は不明だ。



15分くらい経った頃だろうか。

ススス… 襖が開く音がした。


「あれ、お母さん…」

「お隣、良いかしら。」

「どうぞ。」


私は目から流れる雫を急いで拭き取った。

いつもは気を使ってか、私1人にしてくれるのだが、今日のお母さんもいつもとどこか、違っていた。


最初に沈黙を破ったのは、私だった。


「お母さん、どうして今日は一緒に?」

「話そうと思ってね。三月のところで。」

「お話、ですか。」

「えぇ。日鞠ちゃん。

もう、ここには来なくていいわ。」

「…」


私はなんとなく予想できていた。

だって、5年も経ったから。


「日鞠ちゃんにはちゃんと"幸せ"になって欲しいのよ。三月もきっと、そう望んでいるわ。」


私は薄々、気づいていたのかもしれない。

みつくんに出逢って、恋をして、愛し合って。

それは全部、過去だということに。


もう、触れることも、話すことさえも、どんな簡単なことだったとしても、叶わないってことに。


いつかの教科書で、死んだ犬が人間になってまた会いに来てくれる。なんて物語を読んだ事があった。

でも、5年待っても、みつくんは現れてなんてくれなかった。


あと何年、こうしていればいいのだろうか。


分からなくて、痛い。


時間が解決してくれるって言葉を聞いたことがある。時間が経てば、だんだんみつくんへの気持ちは薄れていくと思ってた。


でもどうしてか、日に日にみつくんの声が、表情が、仕草が、日を追うごとに鮮明に思い出すようになっていった。そして、それと同時に愛しくもなっていった。


私は今でも、みつくんに恋をしているのだと、そう思う。どうしようもなく好きなのだと。


だから、今伝える言葉は…


「お母さん、私はみつくんが大好きなんです。どう足掻いても、忘れられない程に。だから、忘れるまでは、傍に居させてください。それが今の私にとっての、"幸せ"みたいなので。」


「そう、三月は幸せ者ね。

日鞠ちゃん、ありがとう…」


そう言ったお母さんの目からは、大粒の涙が零れ始めた。

みつくんは、たくさんの人に愛されているって、知っているだろうか。

今度夢で会えたら教えてあげることにしよう。


「お邪魔しました。また来ます。」


そう言って、玄関のドアを開けた時、空に大きな虹がかかっていた。

『僕が居なくても傘は持ち歩かなきゃダメでしょー、僕が差さしてあげれない時だってあるんだから!』

ってみつくんが言っていたのを、ふと思い出した。

残念だけど、今はちゃんと傘もってるんだなー!

みつくんに頼りっぱなしの私じゃないもん!って、心の中で反抗してみる。

返答してくれるあなたは、もういないけど。


今日の虹は心做しか、キラキラと光っているように見えた。


よーし、今日は、自炊しようかな。

みつくんが見ていてくれてるだろうから。



あなたに出逢って今まで、

私は変われたのだろうか。


あなたを失ってこれからも、

私は変わらずにいられるのだろうか。


分からなくてもいい。

みつくんとの思い出が、何度でも私を助けてくれるから。

きっとどんな事も乗り越えていける。


そのお礼に、私の"愛"とやらを一生あなたへ捧げるよ。

簡単なことだよ。

だって、私はずっとあなたに恋をしているから。

記憶の中のあなたに、何度も何度も恋をするから。


この5年は愛して痛かった。


でも、これからもまだ、愛していたい。

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