せめて私に振り向いて、それすらだめなら生きさせて。
瓶長
第1話
「僕が右腕につけているミサンガはね、僕の…幼馴染の人からのプレザントなんだ」
放課後の夕暮れを着飾った図書室で、色褪せたミサンガを撫でながら僕はゆっくりとそう呟いた。
「ミサンガって、確かあれでしたよね? 願い事をしながら結んで、千切れて取れたらそれが叶うーみたいな、お守り…ですよね?
それがどう私の告白を断った理由に関係してるんですか? 先輩」
机を挟んで向かいに座る後輩が、腑に落ちないという表情でそう聞き返す。
そう。つい先ほど、僕はこの子の告白を断ったのだ。
しかし、僕は決してこの子のことが嫌いという訳ではない。お互いの読んだ本について話し合うと楽しいし、顔も性格も良い、むしろこの気持ちを四捨五入するのならば好きの部類に入るのだろう。
では、なぜ僕は断ったのか。
「それはね、このミサンガに込められた『願い事』のせいなんだ。——多分」
「……多分?」
「正直なところ、これを結んでくれたのは幼馴染のアイツだから、僕もこのミサンガに込められた『願い事』は知らない。
——でも、なんとなくだけどアイツがどんな『願い事』を込めたのか分かる気がするんだ。そして、多分その『願い事』のせいで、どうも僕はアイツ以外とは恋ができないらしい」
話してみると少し照れ臭くて、ごまかしの笑みを浮かべながら僕はそう伝えた。
「…そう、なんですね。そんな感情を持ってるなら早く付き合えばいいのに…」
「それは難しいかなぁ…。
…死んじゃったんだ、アイツ。僕にこのミサンガをくれた数日後に。
アイツ、性格は馬鹿正直なくせして変なところの嘘はやたらと上手かったし、家族のことも話そうとしてくれなかったから全然知らなかったんだけど、家庭環境が酷かったらしくて…。最後は喧嘩したはずみで親に殺されたらしいんだ。
——僕は一番近くにいたのに最後までそんなの微塵も気づいてやれなかった……」
いつもの居心地良い図書室がみるみる冷たくて重い部屋へと変わっていった。
それを感じて、急いで僕は笑顔を取り繕う。
「はは、もう三年も前なのに、このミサンガ全然千切れる気配がないんだよなぁ。全く、アイツどんだけ丈夫な糸で作りやがったんだか」
そうして、一通りの理由を説明し終え、僕は一度大きく息をつく。
「そういう理由があるから申し訳ないけど僕は君とは付き合えない」
「…まるで主人を無くした飼い犬ですね、いつまでもミサンガっていう首輪を外せない哀れな犬。先輩はそれでいいんですか?
それとも、その首輪が外れたら、先輩は新しい主人を見つけるんですか?」
普段の後輩からは出ないような尖った言葉に少し驚き、そして僕は迷いも、誤魔化しもなく、真剣に言葉を紡いだ。
「いいや、それはないよ。確実に。もしもこのミサンガが千切れたって、きっと僕は変わらない。でも僕はそれがいいんだ」
僕がそう言うと、後輩はどこか満足したような、安心したような顔を浮かべた。
「…なんだ、『お姉ちゃん』、心配する必要なんてなかったじゃん」
「……え? 今なんて——」
僕がそう聞き終わる前に立ち上がり図書室を後にする彼女の鞄の隙間からは、一瞬、一瞬だったけど、刃物の光が見えたような気がした。
そしてその時、——プチッ。
そうえらくあっさりと音を立てて、僕の右腕のミサンガは千切れ去った。
「…はは、『姉妹』揃って、嘘が随分お上手なようで…」
僕は苦笑を浮かべながら、静かにそう呟いた。
せめて私に振り向いて、それすらだめなら生きさせて。 瓶長 @kameosa
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