やり直しても俺はダンジョンに潜る

@tukimidokuka

第1話

 ダンジョン上層の営業終了時刻を告げるいつもの音楽が鳴って、俺はトボトボと来た道を戻りはじめる。

 ダンジョンは国営なので流れる音楽はいつも蛍の光だ。たまにはもっと明るいのを流してほしいと切実に思っている。

 長蛇の列ができたダンジョン上層用の換金口に並ぶ。待つこと1時間、慣れた手つきの係員がアイテムを数えて金を渡してくれるまでわずか15秒。利益は5300円、バイトより安い。

 ワクワクしたいから、なんて理由でこの仕事を選んだ奴はみんなバカだ。俺も含めて。

 ワクワクするような夢を掴めるのは全体の0.5%にも満たないトップだけだ。大抵は俺みたいに底辺で終わる。別の仕事をしようにも職歴も経験もないからできない。

 帰ったら親父と奏の墓参りをすませて、一本ビールを飲んでコンビニの焼き鳥を食べて寝る。疲れているから趣味の時間を楽しむ余裕なんて全くない。こんな地獄が永遠に続くと思っていた。






「和人、起きなさい! もうご飯よ!!」


 母さんの声が聞こえた。まさか来てくれたのか? 親父が死んでからはもう顔を合わせることもないと思っていた。


「起きなさいったら!」


 とりあえず幾分かお怒りのようなので、目をうっすら開けて体を起こす。母さんがいた。それも俺が高校生だった頃から全く老けていない。


「髪、染めたの?」


 恐る恐る聞いてみる。俺が最後にあった母さんは白髪がずいぶん増えていたはずだ。


「地毛です。 寝ぼけるのもいい加減にして。 また学校に遅刻するわよ」


 学校? てことはこれは夢だな。高校生の頃の夢だ。歯を磨くために洗面所に行くと高校生の頃の俺が映っていた。頬をつねったら痛い。てことは明晰夢か。

 学校があるってことは奏もまだこの夢では生きてるはずだ。また会えることが嬉しいけど、合わせる顔がないとも思ってる。

 俺は複雑な気持ちを押さえつけながら家を出て学校に向かった。






「おはよう」


 学校に着くなり、見慣れたショートカットの後ろ姿に声をかける。夢ならばここで覚めて欲しかった。


「おはよう和人くん! ダンジョンの高校生への開放、今日からだね」


 ダンジョン開放ってことは7月くらいか。この頃はダンジョンにみんなが夢中になってテレビもかかりきりだったっけ。


「そうだな、行ってみようか」


「行ってみようかって、和人くんあんなに楽しみにしてたのに。気取っちゃって」


 心の底から楽しそうに笑う奏を見て何も言えなくなる。違うんだ。ダンジョンなんて場所には夢も何にもないんだ。本当ならこの夢の中だけでも言いたかった。奏が冒険になんか行ってしまわないように説得したかった。


 確か、これから俺たちはダンジョンに入るための資格を取りに行って、そこで奏が強力なスキルを持っていることが判明するんだったっけ。


 ーーそして、奏は有名クランに勧誘されて行ってしまって二度と帰ってこない。


 もう起こってしまった過去は変えようがない。そのはずなのに、俺の頭は勝手に思考を展開する。俺は保険証を持ってきているから学校を早退してダンジョンに行くことはできる。そしてここから2番目に近い虚木ダンジョン5層の隠し部屋にはスキルロールがあったはずだ。5層なら今の非力な俺でもなんとか行けるかもしれない。

 かもしれない、はずだ、で展開したifにすぎないストーリーは俺の心をとらえて離さない。


「悪い、俺今日は早退するから先生に言っといて」


 気づけば走り出していた。こんな夢か妄想かもわからないやり直しの中だけでも、ハッピーエンドが見たかった。






 探索者資格の登録場所は市役所だ。そこで探索者カードを作るときにスキルを1つランダムでもらえる。そんな感じの仕組みだったかな。市役所の列に並びながら思い出す。

 やがて俺の番が来て、身分の確認をしてもらって手を機械にかざすとすぐに探索者カードがもらえる。

 スキルは覚えてる。身体強化小、それが俺のスキルだ。可もなく不可もなくって感じだ。

 クランの勧誘とかを全部無視して市役所の向かいにあるホームセンターに直行する。購入するのはちょうど振り回しやすいサイズの鉄パイプ。

 

 お釣りを受け取るやいなや走ってバス停に直行し、俺はちょうど来たバスに乗って虚木ダンジョンに向かった。




 



 





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