朝食勇者のドラゴンステーキクエスト

佐楽

朝食欲に突き動かされた勇者

目覚めたときにふと、あれが食べたいと思うことはないだろうか。

まだ柔らかい陽射しの射し込む窓を眺めつつ今でなくともいいだろうと思いながら再び眠ろうとするも眠れないのである。


今、俺は無性にアレが食いたい。


食いたいと一度思ってしまったからには俺は自分を止められなかった。

俺は近所に住む友人を訪ねた。


案の定、友人はまだ寝ていてそこを叩き起こしたのだから不機嫌な事この上ない。

「何だ、こんな時間に」

俺は一瞬、素直に言うべきか迷ったあげく正直に理由を伝えた。


「東谷のファイアドラゴンの尾ステーキが食いたいから手伝ってほしい」


バタン


怒られることすらなくドアは閉じられた。


わかる、わかるぞ友よ

しかし俺は俺を止められないのだ。


俺は仕方なく愛用の剣を携えて一人、東谷に向かうことにした。



東谷は踏みいるのにすら初心者には難しい高難易度ダンジョンである。

道が整備されていないうえに高位モンスターがうようよいる面白半分ではとてもでは行けないようなエリアだ。


間違っても東谷はステーキ店の名前ではない。

しかし俺はそんな場所にステーキを食いに行こうとしている。

しかも一人でだ。


おそらく理由を聞かれて答えたなら誰もが正気ではないと思うであろう。


俺もそう思う。


しかし今の俺は食欲に突き動かされた哀れなモンスターなのだ。



村を出て少しするとワープポイントがある。

便利なものでこれがあれば大陸の端から端まで一瞬で行けるのだ。

ワープ魔法陣に乗ろうとすると、ちょうど帰ってきた村人が陣の上に姿を現した。

とても満足げな表情でどこかいい匂いを漂わせている。


「やぁ、グリク。これからクエストかい?」

村人は剣を携えた姿の俺を見てそう思ったのだろう。

「まぁそんなところだ。あんたは?何やら旨そうな匂いがするが」

村人はどこか含みのある笑いを口元に浮かべた。


「俺はな。朝食をとってきたところだ。霧の川のヌシアユヌスをな」


「霧の川のヌシアユヌスだと…!」


霧の川とは大陸の北側に位置する年中霧のかかった川のことだ。


あの辺りは不気味な雰囲気の通りゴーストが多い。

大して難しいダンジョンではないが雰囲気が悪いためどうしても行かなくてはならない用事がない限りは多少時間はかかるが迂回路を通ることが多い。


そこにヌシアユヌスという魚を朝食にするために行っただと。


ヌシアユヌスとは霧の川にのみ生息する大型の水棲モンスターだ。


大きい上に耐久性が高く、弱点である雷魔法ですら容易には倒せないようなモンスターをあろうことか朝食にするとは。


「旨かったぜ…倒すのは手間だったがよりスペシャルな朝食になった」


ヌシアユヌスは倒すのは厄介だがその身は極上の味わいとされる。

この時期なら最高品質のものが味わえるだろう。


「やっぱりとれたては格別だぜ」


そう、そうなのだ。

ヌシアユヌスの肉は都のレストランになら並んでいるし市場にもある。

しかし値段がバカ高いうえに入荷もまちまち、鮮度も高くはない。


俺は感動していた。

朝食にありえないほどの情熱と労力をかけるのが自分だけではなかったことに。


「バカみたいだろ?俺もそう思うがな。あの味はそれだけの苦労が屁でもねえと思うぜ。ただMPがもうギリギリだ。俺はこれから帰ってもう一眠りするが、頑張れよ」


村人の村へと向かう背中からは魔王を倒してきた後のような貫禄を感じた。


「…俺も食わねばな」


俺はワープ魔法陣に乗り、東谷の姿を思い浮かべた。



体が光に包まれ、胃が浮くような浮遊感を感じたのち俺は東谷入口のワープポイントに姿を現していた。


時間も時間、難易度も難易度なので人影はない。

俺は気を引き締めて門を潜った。


東谷は、太古の昔にひび割れた地の裂け目であり朝でも薄暗く鬱蒼としている。

得たいの知れない鳴き声が跋扈する原生林はあらゆる方向に気を配りながら歩を進めねばならない。


途中、たわわに実った果実が芳香を撒き散らしているのを発見し腹の虫が鳴ったがここは我慢どきだ。


俺は最高の状態で最高の朝食を食べるのだ。

そのためには食欲を最大まで高めなくてはならない。


果実の鳴る木を通り過ぎ、漸く目的の場所へとたどり着いた。



森の拓けたその場所には、巨大なドラゴンがすやすやと寝息をたてている。

離れた位置からでも熱気を感じるのはドラゴンの体内に炎が燃えたぎっているからだ。


高位竜種ファイアドラゴン。その身から生成される製品は素晴らしい性能をもち、高値で取引される素材の宝庫だが、それを簡単には許さない獰猛な性格とそれなりの戦士が束になっても勝てない圧倒的な強さを誇る。


クエストとしても高額が提示されるがなかなか受注できる者はいない。


そんなとんでもないモンスターを俺は朝食にしようとしている。


それなりの戦士ならば束になっても勝てない、しかし


俺なら一人でできる!!


百年に一度の逸材と言われ、かつて誰にも倒すことの出来なかった黄金魔竜を倒した「竜の勇者」である俺ならば!


俺はあの時食べた黄金魔竜の味を思い出しながら剣を握りしめた。


またいつかあの味わいたい。

その日を迎えるために、俺は今日を生きなくてはならない。

そのためには日々の食事が重要なのだ。


俺は地を蹴り、太い竜の尻尾目掛けて一撃を振り下ろした。


尾だけでいいのだが、尻尾に重い一撃を食らえば当然竜も飛び起きる。

寝首をかかれた竜の目がカッとひらき凄まじい咆哮をあげる。

そして長い首を曲げた竜が俺の姿をみとめると、竜は怒りの炎を噴射した。


火炎放射をかわした俺は、次に襲い来る鋭い爪の一撃を避けまるでノミのように竜の体の死角を駆け回って攻撃を防ぎつつ尻尾に剣を振るい続けた。

何も尻尾丸ごと落とそうというわけではく一欠片でいいのだがさすがに竜は手強い。

硬い鱗に覆われた皮膚は剣を跳ね返し何十回と切りつけてようやく綻びが出る程度だ。



すべてはステーキのため、と尻尾を重点的に狙いすぎたのがいけなかった。

竜の爪が足を掠め、俺は地面に転げ落ちた。

掠めたとはいえ、竜の一撃は俺の足を深く抉り血がどくどくと流れ出し地面を濡らしていく。

俺は瞬間治癒薬を懐から取り出したが竜の口が此方に向かって開いている。


喉の奥に炎が見えた。

治癒が間に合わない。


俺はあの炎に炙られて竜の朝食になるのか。


そう覚悟して目を瞑った瞬間だった。


「水精よ!清き流れを刃に変えろ!」


詠唱とともに噴射された水流が竜の体にぶつかり、蒸発した水がもうもうと立ち込める。

竜は悲鳴を上げて仰け反り、倒れた。


「全く、危ないところだったな」


「リジュー…!」


村を出る前に俺を突き放した筈の友人が俺に向かって笑った。


竜が再び体勢を立て直し、怒号をあげる。


「いけるか?」


なんとか治癒を済ませた俺は立ち上がり剣を構える。


「二人ならな」


俺たちは竜へと再び立ち向かっていった。




肉の焦げる匂いがあたりに充満する。



リジューの火魔法で最高の状態に仕上げられた尾のステーキは肉汁を滴らせながら炎に炙られていく。

「そろそろいいんじゃないか」

リジューが火から肉を下ろし、それを受け取った俺は勢いよくがぶりとむしゃぶりついた。


「ハフッ、ハフッ…」

「やっぱうまいな、ファイアドラゴンの肉は」


リジューも肉にかぶりつき、しばらくの間俺たちは無言でただひたすら肉を食らった。


食べ終えて満腹になった俺はリジューに尋ねた。

「どうして来てくれたんだ」


腹をさすりながらリジューは答える。

「こんなうめぇもん、お前だけずるいだろ。俺も食いたくなったんだよ」


俺たちは笑いあった。

ドラゴンは取り逃がしたが尻尾の欠片は入手できた。

それに、やはりメシは親しい者と食うのが最高だ。



とうに朝食の時間は過ぎていたがそのようなことはどうでもいい。


素晴らしい食事だ!










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