月の欠けていく日々に
阿紋
1
休みの日だからだろうか。上野公園は人でいっぱいだった。やはり待ち合わせの場所はここじゃない方が良かったのかもしれない。そんなことを考えながら僕は、西郷隆盛のまわりをうろうろしている。少し歩いては立ち止まり、遠くかすむ空の向こうを見ている。ずっと立ち止まったり歩いていたりしていたせいか少し疲れてしまったけれど、気持ちのよさそうなベンチはみんなホームレスのおじさんに占領されているから、ベンチに座ることもできない。ベンチのまわりでは、東南アジアのどこからかやって来た浅黒い顔をした人たちの集団が、地べたに座ったままパックに入った弁当のようなものを食べている。ただの観光旅行のようにも見えるけれど、どうもそうではないようだ。楽しそうにはしゃいでいる若い人たちは、多分故郷の家族の期待を背負いこんでここに来ているのだろう。自分だったら、あまりの期待の大きさ、重さに暗くふさぎ込んでしまいそうだけれど、ここにいる人たちはみんな陽気で明るい。僕にだって、彼らほどではないにしても背中にしょい込んでしまっているものがあったから、ときどき両肩に重いものを感じることがあるけれど、いつもそう感じるたびにそんなもの放り出してしまいそうになる。僕の場合、自分さえその気になれば、そんなものいくらでも放り出せるけど、ここにいる人たちは放り出したくても放り出せないのだろう。それなのにどうしてこんなに陽気で明るくしていられるのだろう。楽しい時間はもうすぐ終わってしまうはずなのに。
近くを通り過ぎていく女の子たちは、みんな携帯電話を片手に楽しそうに話している。そんな女の子たちを見ていると、世の中がとても楽しいところのように思えてくる。女の子たちはみんなかわいい顔をしているけれど、何となく様子が違うように思えた。何気なく女の子たちに近づいて話し声を聞いてみると、みんな中国語を話している。彼女たちは何処から来たのだろう。台湾だろうか、香港だろうか、それとも上海あたりだろうか。僕は北京語と広東語を聞き分けられないから、この子たちがどこからやって来たのか見当もつかない。それはともかく、その昔集団就職の人たちであふれていた上野公園には、今はホームレスの人たちと外国人しかいなくなってしまったらしい。
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