第二話 雪下神社の藁人形
ポツン。
ポツン。
雨粒が、等間隔で落ちる音。
草木が、風で揺れる音。
じめじめとした、その場所は、どこか黴臭かった。
紀香
「どこ、ここ」
目覚めた紀香は、木の床に頬をつけていた。
重い頭を、首の力だけで持ち上げると、ゆっくりと体を起こす。
紀香
「私、なんでこんなところに。昨日は、夕ご飯の後、、、」
夕ご飯の後の記憶がない。
思い出そうとしても、思い出せそうな記憶は、どこにもないのだ。
紀香は、立ち上がり、周囲を確認すると、木造の格子戸があった。
格子戸の向こう側には、石畳が続き、土砂降りの雨の先には、赤い鳥居が鎮座している。
紀香のいる場所は、神社の本殿の中で間違いないだろう。
紀香
「ここは、神社?」
紀香の心拍数が上がる。
すると突然、背後から物々しい気配を感じ、慌てて、振り向く。
目線の先には、埃まみれの様々な神具が、祀られていた。その祭壇に近付くと、中央部分に異変を感じる。人一人分ほどの、不自然なスペースには、なぜか、一切の埃を被っていない箇所があるのだ。
紀香
「なんだろうこれ」
紀香は、埃のない箇所に落ちている物を手に取る。
よく見ると、その正体は【藁】だった。
その藁を目で追うと、祭壇から格子戸まで続いていて、 まるで、なにかが外に出ていったような、そんな風に見えた。
紀香は、藁を辿り格子戸に手をかける。
紀香
「え。なんで」
紀香が格子戸を引くが、びくともしない。鍵が掛かっているようだった。
だが、格子戸をよく観察しても、錠前がどこかに掛かっている様子はない。
格子戸の前を、うろうろと歩いていると、端の方に、木の棒が見えた。
紀香
「これだ」
紀香は、木の棒の突っ張りを取ると、やっとの思いで格子戸を開くことに成功した。
本殿を出ると、雨の音、草木の音が余計に騒がしく感じる。雨の勢いは、さらに強くなっていた。
傘など持ち合わせているはずがなく、本殿の濡縁を、左に沿って歩いて行き、角を曲がろうとした時。
紀香は、急いで身を隠した。
一瞬だが、雨の中に、禍々しい雰囲気を纏った、大きな藁の塊を見たのだ。
一度壁に背中を付け、荒ぶる心音を和らげようと、小刻みに、小さな深呼吸を繰り返す。
だが、一向に落ち着かない心音。紀香は、自分の胸元をギュッと抑えると、そのままゆっくりと、壁の向こう側を覗いた。
藁の塊だと思っていたそれは、人型で、背後からでも、しっかりと手足が確認出来る。
木に打ち付けるような藁人形ではなく、藁の甲冑を身に着けたような、そんな風貌だ。
とても大きく、とても威圧的。その藁人形が振り返ったら最期、生きて帰ることは出来ないだろう。
すると突然、強い風が吹き、目を瞑ってしまった。その風は、吹き続け、紀香は暗闇に閉じ込められる。暗闇にいると、聴覚が鋭くなり、ガサガサと、藁が風に揺れる音が鮮明に聞こえてきた。
、、、ガサガサ。
、、ガサガサ。
、ガサ。
確実に音が近付いてきている。
紀香
《逃げないと。逃げないと。殺される。殺される。南無阿弥陀、南無阿弥陀仏》
紀香は心の中で、知っている部分だけの御経を必死に唱えた。暗闇の中で、今出来ることは、これくらいしかなかったのだ。
目を閉じ続けている紀香の耳に、なにやら機械音が聞こえてきた。
スマホの着信音だ。
紀香は、スマホの音を切るため、自分の腰元を触る。
一向に見つからないスマホに、焦りながらも、自分自身の違和感に気付く。
紀香
《あれ、なんで私。制服を着ているんだろう》
紀香は心の中で呟く。
学校が終わり、家に着いた時に脱衣所に掛けたはずだった。
『もしもし。司?担任から電話きたよ。あんたどこにいるのよ』
『もしもし?聞こえる?』
『ねえ、司。今どこにいるの?』
紀香
「え?」
雨音の中に紛れ、微かに耳に入ってきたその声は、間違いなく紀香のものだった。
自分の声に驚き、誤って声を出してしまったことに気付いた紀香は、反射的に目を開いてしまう。
幸いなことに、あの巨大な藁人形の姿はなかった。
その代わり、土砂降りの向こうの、林の中に、なにかが止まっているのが見えた。
蝉ではない。もっと大きな、なにかだ。
紀香は、意を決して濡縁を降り、土砂降りの中を進む。
嫌な予感がした。
四人で、学校で話していたことを思い出す。
藁人形。
日本古来の呪詛の話。
それに、近付くたびに呼吸が荒くなる。
まさかそんなはずではなかった。
そうゆう意味で、言ったわけではなかった。
紀香は、責任を感じながら、御神木に深く打ち付けてある藁人形を見た。
紀香
「これだ。これのせいだ」
五寸釘で、しっかりと打たれている藁人形に触れようと、紀香が手を伸ばした時だった。
足元から光を感じる。
紀香は、それに気付き、下を向く。視線の先にはスマホが置いてあり【通話中】の文字。
そのスマホは、どこかで見覚えがあった。
紀香
「これって、司の」
紀香は、しゃがみ込み、司のスマホを手に取ると、【通話中】のまま耳に近付けた。なにかが聞こえないかと、全神経を集中し、耳を澄ます。
「、、、、、雪下神社」
紀香の耳元で声がした。
スマホを近付けている耳とは、反対方向から。その声はまるで、耳元で囁かれているような、不気味な声だったのだ。
驚きのあまり、スマホを投げ捨て、悲鳴を上げる。とにかく逃げようと、林の中に飛び込んでしまった。
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