幻想交差のファンタズマゴリア
夏川冬道
吸血少女サフィー
陽の沈まない帝国の首都、ロンドン。日々成長する世界都市はいつしか雑多な人々が全世界から集まる混沌のサラダボウルと化していた。しかし、ロンドンに集まる人々の中には人間以外も含まれている事実を一般人はあまり知らない。
◆◆◆◆◆
「サフィーちゃん! また勝手に私の血を吸ったでしょ!」
古ぼけた下宿の一室で少女の怒号が鳴り響いた。少女の名前はドロテア、舞台演劇のトップスターを夢見てはるばるドイツから渡ってきた少女だ。そんな彼女の怒りの対象は偉そうに座椅子にふんぞり返っていた。
「魅了の魔眼で吸血した記憶を消したから問題ないでしょ……」
「いや、そういう問題じゃなくて、吸血するときは私の許可をちゃんととってから吸血してよ……力が抜けて演劇の稽古の時に大変なんだから!」
ドロテアはサフィーに頬を膨らませて抗議した。そんなドロテアの姿をサフィーはルビー色の瞳で見つめていた。
ドロテアとサフィーの関係の始まりは1年前にさかのぼる。平凡な演劇少女だったドロテアは演劇の稽古の帰りに正体不明の暴漢に襲われた。絶体絶命だと思われたところに金髪にルビーの瞳の吸血鬼……すなわちサフィーが突如舞い降りて、暴漢を一瞬で叩きのめしたのだ。突然の出来事にドロテアは目を白黒させるばかりだった。そしてドロテアはサフィーに向かってこう言ったのだ。
「アナタのことを気に入ったわ……私のものになりなさい」
次の瞬間、ルビー色の瞳が怪しくきらめいてドロテアの記憶があいまいになった。そう魅了の魔眼を使ったのだ。ドロテアがふと気づいたときには下宿の自室にドロテアとサフィーに二人しているようになったのだ。それ以来、ドロテアとサフィーは共同生活を送るようになったのだ。
「もう、サフィーちゃんったら、本当に自分勝手なんだから……」
ドロテアはサフィーにブツブツ言いながら舞台演劇の台本を読み始めた。ドロテアこれまでの努力が認められ、脇役ながらも名前付きの役をもらえることになったのだ。ドロテアは舞台の稽古にはかなりの熱意をもってやっていた。しかし、サフィーはそのことを気に入らないらしい。
――今度やる舞台の役が決まってからずっとこんな調子で、まったくどうしたらいいんだろう。
ドロテアはサフィーの行動に困り果ててしまった。チラリとサフィーを横目で見ると、サフィーは新聞の記事を読んでいた。
「……人の気持ちも知らないで」
ドロテアはサフィーに気づかれないように小さな声でつぶやいた。
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