廻りくる季節のために パラレルワールド編

佐藤万象

プロローグ

 二〇二三年の春、山本徹は自分の書斎兼プライベートルームに籠り、何やら一所懸命パソコンのキーボードを叩いていた。彼は中学の頃よりSF小説にはまり込んでいた、根っからのSFマニアでもあった。最近では、自らが佐々木耕平と体験してきた、一連の出来事をテーマにした小説を書こうと、暇さえあれば机に向かう日々を送っていた。

 しかし、縄文時代からもどって来てからの山本は、いま自分がいる世界にどうしても違和感を感じずにはいられなかった。どこがどう変わっているわけでもなかったが、何故かしっくりとこないものが残っていた。

 確かに、縄文時代で別れてきた耕平は名前こそ違ってはいたものの、この令和の時代にも存在していたのだ。そのかつて耕平だった佐々木耕助は、彼が子供時代から付き合ってきた佐々木耕平に間違いないことの証しは、顔形・話し方・考えていることまで、どれをとってもすべてが寸分も変わったところがないことだった。

これをどう解釈すればいいのかさえ、まったく分からないまま付き合っている山本だったが、彼自身の中でもこれが本当にパラレルワールドなのかどうかも理解できないでいた。

 ただ、耕平が耕助に換ったこと以外では何ら変化も見られず、平凡な日常が繰り返されているに過ぎなかった。山本の会社での仕事も妻の奈津実も耕平の母親ですら、何の変哲もない元のままの状況だったのだから、これに勝る不思議はなかった。

 そんな思いを胸に山本は毎日を悶々と過ごしていたが、あまりにもすっきりとしない蟠りに悩んだ末、思い切って耕助にそれとなく聞いてみようと思い立った。もちろん、真っ向から聞くわけにも行かないので、まず当たり障りにない世間話でもしながら、機会を見つけたら聞いてみようと考えていた。

 ある日曜日の午後、山本は耕助を公園に呼び出していた。

「何だい。話って」

「いや、別にたいした話じゃないんだ。ただ、お前に聞きたいことがあって来てもらったんだが……」

「だから、何なんだよ。早く云えよ。お前らしくもない」

 少し苛立ったように佐々木耕助は言った。

「実はな。耕へ…、じゃない耕助…」

 山本は、つい昔のクセで耕平と言いかけて一旦言葉を切ってから、

「いくらSF音痴のお前でも、パラレルワールドくらいは知ってるよな」

「ああ、知ってるよ。何かが少しづつ違う、いくつかの世界が並行して存在してるって、あれだろう。それがどうかしたのか」

「うん。そうそう、それじゃタイムマシンも、もちろん知ってるよなぁ」

「知ってるさ。スピルバーグの『バック・トゥ・ザ・フィーチャー』に出てくるヤツだろう。オレはSFは苦手だけど、前にテレビの洋画劇場でやってたのを見たよ。あれはホント面白かったよな。

 だけど、パラレルワールドだのタイムマシンだのって、今日の山本はおかしいんじゃないのか。一体どうしたんだよ」

「いや、何でもないんだ。ただなぁ………」

 急に口ごもるように黙り込んでしまった山本は、一生懸命に何かを考えているようだったが、やがて耕助のほうに向き直ると静かな口調で話し出した。

「オレはな。耕…助よ。オレはこの三年間、悩みに悩み抜いてきたことがあったんだ」

「へえー、どんなことなんだ。その悩みってのは、ひと言オレに相談してくれれば、何か役に立てたかも知れないのに…」

「それが出きるぐらいなら、こんなに悩んだりしねぇよ。バカだな。お前も」

「そうなのかぁ。そんで、どんなことで悩んでたんだよ。山本は」

 すると、山本は急に声を潜めて、

「これは、こんなところで話せるようなことじゃないんだ。それに話の内容だってすごく入り組んでいるし、これからオレん家に来いよ。カミさんも出掛けてて誰もいないから、ちょうどいいや。すぐ行こう」

 それから、ふたりは公園を後にすると山本の家に向かった。歩いている間中、山本はひと言も話さずに黙々と歩き続けた。耕助もただならぬ何かを感じ取ったのか、黙って山本の後について行った。

 山本の家に着くと、耕助を自分のプライベートルームに招き入れ、ふたりで腰を下ろすと何かを決心したように、

「よし!」

 と、初めてひと言だけ言ってから、ポケットから取り出したタバコに火を付けながら、

「いいか。耕平…、じゃない耕助。これから話すことは、嘘でも冗談でもない本当のことなんだから、そのつもりで聴いてくれよ」

「ん、わかったよ」

「んー、何から話すかな…。やっぱりこれだろうな。まず、これを見てくれ」

 山本は自分の腕から腕時計を外すと、耕助の前に置いた。

「これが何だか判るか。耕助」

「判るかって、腕時計だろう。ただの…」

「いや、違うんだ。これはな…。タイムマシンなんだ。もとはと云えば、お前が拾ったものなんだ。

 いや、違うのかな…。なんだかオレまでおかしくなりそうだ」

山本が最後のほうはひとり言のように、ブツブツつぶやくように言うと、耕助はいきなり立ち上がった。

「何を云うのかと思って、おとなしく聞いてりゃ、何がタイムマシンだい。こんな物。誰がどう見たって、ただの腕時計じゃないか。いい加減にしろよな。山本、オレは帰るぞ」

 本気で怒りだした耕助を見て山本が慌てて、

「ちょ、ちょっと待て、耕助。話はこれから本筋に入るんだ。もう、ちょっとだけ待ってくれ」

「いやだ。オレは帰る。いくらオレがSF音痴だからって、タイムマシンなんてものが実際に存在しないことぐらい、オレにだってわかるよ。人をバカにするのも、いい加減にしろよな。山本」

「別にオレは、お前のことをバカになんかしてねえじゃねえか。だけど、これは正真正銘のタイムマシンなんだから、仕方ないじゃないだろう。いいから、そんなに怒らずオレの話を聞けよ。もう一回座れよ。さあ、早く。頼むから、座ってくれよ」

 山本に言われるまま、耕助は腰を下ろすと座り直した。

「よし。と、それじゃ、最初から話すとだな。まず、耕平が…、じゃない、お前が……、えーい、面倒くさいな。この際、話がややこしくなるんで、この話の中ではお前は佐々木耕助じゃなく、耕平ということで話を進めるから、そのつもりで聞いてくれ」

 今度は山本がイライラしながら言った。

「ん、分かった…」

「いまから。そうだなぁ…。五年くらい前になるかな。ちょうど、いまくらいの時期だったんだ。あの公園のブランコの辺りで耕平が腕時計を拾ったんだよ。それが、この時計なんだ」

 と、耕助の前に置いた腕時計を指した。

「オレもたまたま公園に来ていて、ばったり遭ったんで一緒に花見でもしなかって誘ったら、行くところがあるっていうんで、そのまま別れたんだが、その後で用事があることを思い出して、すぐ追いかけて公園の出口のところまで来た時に、何かをやってる耕平を見つけたんだ。急いで駆け寄ろうとしたら、耕平がオレの目の前からまるで煙のようにかき消えてしまったんだ。それから………」

 山本はいままで自分が経験してきた一部始終を、目の前にいる佐々木耕助に語って聞かせた。但し、娘時代の母親と関係を持って、結果的に耕平自身が生まれてくることになった部分は、山本も口にすることはできなかった。

「と、いうわけなんだ。それで、どうにか三年前にこっちに戻ってきたら、縄文時代で別れてきたばっかりの耕平が、名前こそ違えお前っていう存在がいるっていうじゃないか。これには、ホントオレも浦島太郎になったみたいで、戸惑っちゃったし第一どう解釈したらいいのか判らなくて、ホントに悩んでいたんだ」

 ようやく長い話を終えて、ホッとしたようにタバコを取り出して火をつけた。

「なるほど、話はよくわかったよ。それだから、時々オレのことを耕平って呼んでた理由も判ったよ。でもなぁ、山本。オレはこんな時計拾った覚えなんて全然ないし、お前とは子供の頃からずっと付き合って来たことも確かだし、一体どういうことなんだぁ。それって……」

 身に覚えのない話を山本から聞かされた耕助は、怪訝そうな戸惑いを見せて聞いてきた。

「そこだよ。そこ、お前とオレは幼なじみで小学校から高校まで一緒だった。これは間違いないな」

「まあ、そうだけど……」

「そこでオレは考えてみたんだ。もしかしたら、こっちに戻って来る途中に何かの弾みで、時空間の歪みにでも紛れ込んでしまったんじゃないかって考えてみたんだ。そうすると、何んとか辻褄が合うだろう。それ以外は考えもつかない……」

「もし、山本のいうことが真実だとしたら、元いた世界では今度は反対にお前が行方不明になってるんじゃないのかい」

 耕助に言われて、山本は思わずハッとした。

「そうか。その通りだな。と、云うことは、この世界にはもうひとりのオレがいることになるのか。しかし、三年も経っているのに、そんな存在は見たことも聞いたこともないし、うちのカミさんだってまったく気がつかないみたいだし、会社に行ったって昔のまんまだし、どうなっているんだろう。ああ、ますます頭の中がこんがらがって来た。どうすればいいんだよ」

 山本は自分の頭を抱え込んでしまった。

 ふたりでいくら考えても、話は堂々巡りをするばかりだった。夕方近くになって耕助は帰って行った。どうやら山本のカミさんも、買い物袋を両手に抱えて帰ってきたようだった。


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