縛りゲーのために領地を滅亡寸前まで追い込んでいたら、現地民の目が死んでた
dy冷凍
第1話
「キルサに最終防衛地点を突破されました。数日の間にはここにも戦火が及ぶかと」
「そうか」
「……逃亡経路は確保しておりますが」
「いらぬ」
胡散臭いほど明るい金髪の宰相はそう進言するも、王は無機質な声を返すだけで王座から動くこともない。ここ数ヶ月、王から同じような台詞しか引き出せないギルム領の宰相コルコは、敬意を示すように顔を下げていたがその表情は困惑に包まれていた。
(このままだと数日後には晒し首で間違いないのに、それでも動かないのか。……一体何がしたかったんだ?)
かつての王ですら鞘から抜くことは出来なかった聖剣を抜いて見せたギルム領の新王――イロハは当時の民から大きな期待を寄せられていた。何せ単なるモニュメントでしかないと評されていた聖剣の刀身を初めて晒し、その力の一端を民衆に見せつけたからだ。
これならば何かと難癖をつけて領地を侵犯してくるキルサも跳ね除けられると民たちは安堵し、王を支える配下たちも更なるギルムの発展も約束されたと確信していた。
しかしその期待は大きく裏切られることとなった。イロハ王はギルムの伝承として語り継がれてきた聖剣の力を引き出しこそすれ、それを自身のためにしか振るわなかった。
聖剣に忠誠を捧げた将軍たちを縛ることにしか力を扱わず、それに異を唱える者は即座に追放した。残ったのはそれでも国のために身を捧げる覚悟を持った者たちだったが、王の無謀な作戦と配置で無駄死にしていった。
今となってはその将軍もギルム領の中で唯一風の魔法を扱える者しか残っていないが、その心は既に死んでいるようなものだ。
聖剣の誓約により王の命令に逆らえずあまりにも無茶な作戦を担う将軍だった彼女は、数多くの無念を見送ることしか出来なかった。そして数を大きく減らした兵たちからは蔑まれ、何度王に進言してもそれを挽回する機会は得られなかった。
そんな王の愚策によってギルム領は瞬く間に衰退していった。重要な拠点をいいように取られ、北の港も既にキルサに占拠されている。更に内政にもいらない口だけは出すせいでボロボロになり、ギルムの特産品を生産することも出来なくなった。
それこそ聖剣の伝承が再来でもしなければこの戦況を引っくり返すことなど出来ないが、それが万が一にも起きないことは数年に渡る王の愚行によって証明されている。むしろギルム領を滅亡させることに加担しているのではと疑いたくなるほど、愚策の連続だった。
だがそんな愚王によるギルムの統治も今日で終わる。打ち首を掲げられるのを恐れたイロハは早々にギルム領から亡命したところをキルサに待ち伏せされ、その命を落とす。
そんな建前の反乱を宰相のコルコは引き起こし、王座を奪還して女王を即位させギルム領の滅亡を避けようとしていた。しかし意外にもイロハは既にキルサの手が届かんとするこの状況でも玉座から動かず、座して死を待っているようだった。
(最後まで手間をかけさせる)
コルコは手の内にある兵士を呼び、隠し通路で待ち伏せさせていた唯一の将軍であるカシスを呼び戻すよう伝える。衆人が見てしまうような場所での政変は避けたかったが、このままキルサの軍を致命的な場所まで侵攻させるわけにはいかない。
聖剣の加護――今となっては呪いともいえるものが付与されている状態のカシスでは、直接的にイロハ王を害することはできない。それは謀反を起こそうとした者が彼に聖剣を抜かれた途端に歯向かえなくなったことからして、既に証明されている。
だがそれでも唯一の魔法持ちである彼女がその場にいるだけでも牽制にはなるので、その隙にコルコ率いる兵士たちで止めを刺す。
その後はイロハの母である女王を即位させてキルサを迎え撃つ。聖剣の呪いさえなければカシスが十全の力を発揮することが出来るので、快勝続きで油断しているキルサ軍を退けること自体は可能だろう。
それでもこのギルムを立て直すことは出来ないだろうが、決死の抵抗を見せることで西のウルズ領に吸収される選択肢は浮かんでくる。かなり手痛い交渉を迫られるだろうが、積極的な侵攻を図るキルサに下り奴隷の烙印を押されるよりはマシだ。
「……!」
「……?」
コルコがこの後の流れを再計算していると、唐突にイロハが玉座から立ち上がった。そして何やらぶつぶつと呟きながら周囲を見回す彼の奇妙な動向を注視している中、カシスを呼び出してきた兵士が玉の間に入ってくる。
「コルコ……。それに、カシス……か?」
そんなイロハの呟きが聞こえる距離にいた彼は目を見開いた。何せ名前を呼ばれたこと自体が数年ぶりであるし、彼女をカシスであると認識できることも意外だった。
カシスはこの数年で美しい銀髪は老婆のように色褪せ、人相も変わり果てて別人のようになっている。彼女は無残に散っていった兵士の怨念を背負う幽鬼のような足取りで進んでいたが、その目は数年ぶりに見る穏やかなものだった。
「やるぞ?」
「……あぁ」
何処かイロハの様子がおかしいことをコルコは察していた。だが死を目前とした者が良くも悪くも変わるなんてことはままあることだ。
それにようやく数々の愚策の強要で無残にも散っていった将軍や兵士たちの仇を取ることを、カシスは待ち望んでいた。そんな彼女を止められるような者はそれこそ聖剣を持つイロハしかいない。
「貴様の血を持って女王の即位式とする。誇りを見せる気概はあるか!」
力強く剣を抜いたカシスの身体に魔力が漲り、その余波で長い銀髪が不気味に揺れる。そんな彼女の気迫に押されるようにイロハは一歩後退ったものの、思い留まるように腰から提げている聖剣に手をかけた。
「直接戦うのは初めてだな」
「…………」
今まで配下に命令を聞かせるためにしか抜き放たれなかった聖剣にコルコは目を奪われ、カシスは目を剥いた。
今までの将軍たちはその刀身を目にした途端、力を失ったように平伏すことしかできなかった。それはその場にいたカシスとて同様であったため、彼に剣を抜かれては動けなくなると思っていた。
だが言葉の通り、イロハは本当に戦いを望んだようだった。聖剣が抜かれているにもかかわらず、身体の縛りが発生しない。
「死ね」
そんなイロハの慢心に満ちた姿に、カシスは風の魔力を爆発させて答えた。吹きすさぶ風で王座の間に飾られている御旗がはためき、近くにいたコルコと兵士はその強風に身を屈めながらも彼女に続く。
そして瞬く間に玉座のイロハに肉薄したカシスは過去を断ち切るように剣を振り、彼の首を跳ねんとした。
――▽▽――
時は2040年になるが、まだVRは現実を超えてこない。なので
毎日12時間はVR世界に入り浸り日常に二次元を染み込ませることで、それを現実だと脳に錯覚させる。そうすることで夢に出てくる風景や人物を二次元に置き換えることに成功し、今となっては昔の学校生活などのハズレが浮上してくる頻度の方が少ないほどだ。
そんな彼が今もハマっているのはVRストラテジーゲームの『ガーランド』であり、最近はもっぱらそれ関連の夢ばかり見るようになっていた。
ストラテジーゲームとはいわゆる領地の発展を競うものであり、彩葉は『ガーランド』が発売してからは欠かさずプレイしていた。
まず何より美麗な3Dキャラビジュと声優が好みだったということは大きかったが、大学生で初めてプレイしたストラテジー系に思いのほかハマってしまったことがここまで続けている要因でもあった。
初めはCPU相手に苦戦しつつも領地を統一し、その後はオンラインでの対人マルチゲームでびっくりするほど時間を溶かした。そこから数年で結構な勝率を稼げるようになった後、縛りRTA《リアルタイムアタック》の動画を視聴し始めてからは自分でも制限プレイするようになった。
いわゆるレベル1縛りだとか、オワタ式だとかそういう類の縛り。それこそ数年は『ガーランド』をプレイしていた彩葉は難易度を最高レベルに設定し、その後も挽回ができるラインを見極めて自身の領地であるギルムを追い込んでいた。
重要拠点のほとんどを仮想敵であるキルサに明け渡し、切れると判断した手駒は捨てる。技術や特産品もどんどんと喪失させ、声優が起用されるようなメインキャラしか残さない。
そのキャラたちも自動で任せてしまうと勝手に活躍してしまうので、全て彩葉が手動で動かすことで負け戦続きにした。基本的に序盤は誰でも勝てるようになっているし、システム的にもそれを後押ししてくるので愚かな人の手が必要だ。
とはいえ流石にそもそもの難易度設定が高いため、あまりに追い込んではクリアすることも出来なくなる。そのため何度か検証と失敗を重ねてそのラインを見極めた彩葉は、もう抜くところがないジェンガのような状態を成立させた。
ここから逆転するには何処かでだるま落としのような芸当をしない限り、ギルムは崩れ落ちてしまう。初心者向けのシステム的な救済措置を利用してもこの状況は覆らない。
そんな状況まで仕立て上げた彩葉は翌日からプレイしようと寝床につくと、いつものように『ガーランド』の夢を見た。
まだVRでは完全に再現できない王座に手をかけている感触に、王城の外で働いている無数の人々たち。ここまで壮観で細かい風景は家庭用のPCでは再現不可能なので、寝ぼけてプレイしているなんてことはない。
「コルコ……。それに、カシス……か?」
縛りプレイの影響が夢にまで反映されているのか、宰相コルコの信頼度はだだ下がりで俗にいう死んだ目になっていた。一糸乱れぬ金髪も傷んでいるようにボサボサで、白かった顔色も大分具合の悪そうにくすんで見えた。
それに王の間に入ってきたのは見慣れたモデリングからはかけ離れた風貌をした、カシスらしきキャラクターだった。ここまで汚らしい姿の彼女を見たのは初めてで、彩葉は思わずそう問うた。
だがそんな問いに答えることなく二人は少し話し合った後、カシスは決闘の申し込みでもするように抜刀した。
それこそ彩葉はこれまで生きてきて殺気というものを感じたこともないが、夢だとしても恐ろしい彼女の気迫には思わず気圧された。
ゲームではこんなイベントなど存在しない。コルコにクーデターを起こされてGame overになる演出こそあれど、カシスに殺されるような表現は為されない。
(可哀想に……。起きたら俺がギルムを救ってやるからな!)
ただカシスがこんな状態になっているのも、縛りプレイによってギルムが滅亡寸前なことが起因しているのだろう。そんなギルムを救うためにもコルコのクーデターで死んでやるわけにはいかない。
夢心地の彩葉はさながら救世主のような気持ちを全開にして、腰から提げている聖剣を抜いた。
ギルム領の王であるイロハだけが抜ける聖剣。それは領土を拡大して聖域を広げていけば新たな機能が解放されていくが、現状では味方の士気上げと将軍級スキルを扱える個人技の二つしか存在しない。
「……!?」
聖剣を抜いた感触とその甲高い音に彩葉が惚れ惚れとしていた中、気づけば眼前に迫っていたカシスの斬撃。それを彩葉は自動的に動いた聖剣に任せて絡めとるように受けた。
「……なんだ?」
「ぜあぁぁぁぁ!!」
彩葉も聖剣を使った近接戦闘など経験したことはなく、夢との解釈違いを起こしていた。だがそんな彼の言葉にカシスは聞く耳を持たず、更に魔力を滾らせて斬りかかった。
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