短編集 真夏の世の夢

赤髪のLaëtitia

蝶になる

第1話. 出会い

 暑い。


 茹だる様な暑さの部屋で、僕はクーラーも扇風機も付けず、ただ寝っ転がるよりほか無かった。


 予報では最高気温は43℃。まだましな方だ。

 家の中なら5℃は低く済む。でもまだ慣れない。


 窓を開けようか。

 吹き込む風はさらりとし、僕の体から汗も熱も持ち去るのだ。

 でもきっとそれは幻想で、現実はぬっぺりと纏わりついて、僕を余計に暑くする。


 住居バッテリーの残量を見る。

 丁度半分。

 次の給電まであと2時間。

 迷いどころだ、冷蔵庫の分だけは確保しないと。


 そんな思案をしていると、不意に、食べるだけの青虫が、蛹になって蝶となり、羽ばたく夢を描いてしまい、よしっ!と意気込み、テレビをつける事にした。


 けれどやっぱりどの番組も、僕にはまるで騒音か、雑音にしか聞こえない。

 とても覚えられる気はしない。


 途端に僕は、やっぱり何もする気が無くなって、テレビを消してごろりとした。


 はぁ~。

 そもそも貧乏が悪いのだ。


 金持ちは今頃、涼しい部屋で過ごしている。

 頭のいい奴は今頃、仕事に忙しい。


 新たに拵えられた小型原発は、そいつらの為にあるのであって、僕みたいな貧乏人は、電気も碌に使えず、そいつらをもてなす日雇い仕事で、その日その日を凌ぐしかない。


 はぁ~。

 こんな社会が悪いのだ。


 この国の死因トップは断突で、“自殺”だ。

 もはや希望が持てないと、次々と死ぬ人は多い。

 だのに、こんな国にした政治家は、のうのうと生きている。

 相変わらず胡麻擂りと迎合だけは上手な蝙蝠野郎だ。


 はぁ~。

 僕はなぜ生きているんだろう。


 希望は無い。でも死ぬのは嫌だ。

 

 怒りと情けなさと、恨みと焦りが綯い交ぜとなり、黒くドロドロしたアメーバになって、僕の心をズシリとどこまでも深く浸蝕し、そこにぽっかりと穴が空く。


 “ピンポーン”


 ドアベルが鳴った。

 誰だろう?


「ごめん下さい。住居バッテリーの点検で参りましたREVの美空と申します」


 正直、“住居バッテリーの点検”だなんて怪し過ぎるし、“REV”なんて会社は初耳だ。世も末か、と思った。


 ただ、綺麗な声だった。


 本来ならスルー案件。けれど爽やかさすら感じさせるその透き通った女性の声に僕は惹かれ、それだけの理由で玄関を開けたのだった。



(続く)

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