Summer Triangle
シロ
第1章 Vega&Altair
Side:Minato 1
「
5月17日、日曜日。新宿駅東口改札前。人混みの中でスマホをいじる二人組に割り込むように、声を張って飛び込んだ。
「おせーぞ
「何かあったんじゃないかって仁と話してたんだ。もう5分待って来なかったら家まで行くつもりだったが……無事でよかった」
俺は
目の前の二人は、黒髪で眼鏡でいかにも知的な雰囲気醸し出してるほうが
「ごめん……スマホの充電できてなくって……」
「ったくしょうがないなー。ほら、モバブ貸してやるから充電しとけ」
「ありがとう仁……!」
「時間もないしそろそろ行こう。トイレに行ったり飲み物を買う時間も必要だからな」
「そーだな!いやー3人で映画とかひっさしぶりだな~!」
「この映画海外ではヒットしてたのになかなか日本での上映が決まらなくてさ、やっと決まったと思ったら東京だと新宿と渋谷でしかやらないって知って、早めに観に行きたいなって思ってたんだ。付き合ってくれてありがとう」
「そうだったのか……。俺は正直映画には疎くて……」
「敬介はいっつもそうだよな、数字ばっか見てねえでたまにはテレビも見ろよ~!」
「む……」
……正確に言えば俺が二人と出会ったのは大学に入学してからで、敬介と仁は小学校からの幼なじみ。仲良し三人だけど、俺だけちょっと距離がある。
だから時々さみしさも感じる。俺もあんな風に、当たり前に肘でつついたり肩を組んだりできたらよかったのにって。
(……それに本当は、敬介と二人で映画観たかった、なんて…………)
――そんなこと、言えない。言っちゃいけない。
敬介を誘って連れ出してくれたのは他でもない仁なのだ。
というか、俺が映画観たいと漏らしたらその場で敬介にLANEして、日程決めて、3人分のチケット予約して……と、ほとんどのことを仁がやってくれた。
だから、仁には感謝こそすれ、邪険に思うようなことはあってはいけない。
(今だってモバブ借りてるし……)
遅刻と仁に対する感情でWに申し訳なさを感じる。本当は俺だって3人で映画を楽しみたいのに……。
素直にそう思えないのは、俺が、敬介を、友達以上の意味で好きだからだ。
***
『ごめんなさい……あなたがいい人なのはわかるの。だけど、どうしても愛することができない……』
『……わかったよ。俺は、誰よりもお前を愛している。だから』
――海外で大ヒットして、日本でも話題になっていたその映画は、男女の悲しい愛の物語だった。
どこにでもいる仲睦まじい夫婦。だけどある日突然、妻のほうが十年分の記憶を失ってしまう。
急に見知らぬ男が『夫』になっている恐怖で徐々に狂っていく妻、在りし日の妻を取り戻そうと奔走する夫。だけど、十年という断絶はあまりにも大きく――。
『……別れよう。お前は、自由に生きてくれ』
結果的に、二人は別れてしまうのだ。
夫は妻を心の底から愛していたから。
「…………湊!!俺こんなに泣ける映画だなんて聞いてなかったんだけど!?」
エンドロールが終わって館内が明るくなった途端、敬介の隣に座っていた仁が目を潤ませながら俺に言ってきた。
「や、だって、言ったらネタバレになるし……」
「ん?湊は結末を知っていたのか?」
「あー、うん。これ、海外の古い小説が原作なんだ。結構有名で、日本の作家にもこの作品の影響を受けた人が何人もいて……」
鞄から文庫本を取り出して二人に見せる。二人が顔を見合わせた。
「……なるほど、湊から『映画に行きたい』と言われたのはそれが理由だったのか……」
「スマホの充電忘れてたくせに原作は持ってきてるとかやっぱり文学オタ……」
「な、文学部なんだから当たり前だろ!?というかオタクじゃなくても英文学好きならこれは必読レベルの名作!!」
「いや国文学科だろお前は」
「日本の文学は海外の文学の影響を受けてるんだよ。ルーツを知るにはそこから読まないとダメなんだって」
「……仁、湊、落ち着け。とりあえず移動しよう」
俺と仁に挟まれていた敬介が俺たち二人を止める。いつもの光景だ。
そのまま映画館を出て、ファミレスに向かう道すがら敬介に声をかける。
「……敬介は、今の映画どうだった?」
「そうだな……。……夫の選択は正しかったと思う。それで妻は『知らない人の妻である』という苦しみから解放されて明るさも取り戻したし、夫も妻のケアから解放された。だけど……」
「だけど?」
「……それをハッピーエンドと呼ぶのは、少しさみしい気もするなと思った。俺は正直、ラストシーンで妻が記憶を取り戻すのを期待していたよ」
「……、そう、そうなんだよ!名作なんだけど、最後がやっぱり夫の気持ちを思うとつらすぎるからさ、だから日本でも二次創作っていうか、よく似た設定で『俺ならこう書く』って感じで有名な文豪が書いたりして……!」
……とても好きな作品だ。だけど、やっぱり、最後は二人がまた元のように結ばれてほしかった。そうならないからこそ名作ではあるのだけど。
「……湊は本当にこの作品が好きなんだな」
「う、うん……。ご、ごめん、ちょっとうるさすぎたかな……」
「いいや、誘ってくれてありがとう。たまにはこういう恋愛ものもいいなと思ったよ。よければ原作も読ませてくれないか?」
「……うん!」
敬介が俺と同じように思ってくれて、嬉しい。原作も持ってきてよかった(敬介が読めるようにちゃんと日本語版だ)。
これでまた、敬介と共通の話題が増える……!
「…………おーい、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ」
「仁?」
「今サイゼの前通り過ぎた」
「あっ」
大学で専攻するくらい小説や文学が大好きでそれ以外のことはさっぱりな俺と。
数学なんてロジカルなことが得意なのにちょっと抜けてるところがある敬介と。
そんな俺達を呆れながらもなんだかんだフォローしてくれる気配り上手な仁と。
三人一緒にいるのが楽しくて、この3年間ずっとそうしてきた。
だけどそろそろ、三人とも就活と卒論で忙しくなる。一緒にいられる時間が終わる。
卒業したら、今までのようにはいかなくなるかもしれない。だから。
それまでに少しでも、敬介と――……。
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