廻りくる季節のために 縄文編
佐藤万象
プロローグ
二〇二〇年四月のとある日曜日、山本徹は妻も出かけていて珍しく部屋でブラブラしていていたが、ふと思い立っていつもの公園に行ってみようとやって来ていた。今年も桜の花がほぼ満開に近く咲き誇っていて、公園は花見がてらの家族ぐるみでやってくる人たちでごった返していた。しばらく公園内を散策していた山本は、いつものようにベンチに腰を下ろした。
佐々木耕平が一九九〇年の世界に自分の父親の消息を調べに行ってから、すでに二年の歳月が経過しようとしていた。あれから二年、山本はくる日もくる日も耕平のことばかり考えて暮らしていた。こんなにもアイツのことが気になるのだったら、何故あの時にもっと強引に引き留めておかなかったのかと、いまになって後悔ばかりがやたらと空転する日々を過ごしていた。
山本は耕平に頼まれたとおり、自分の時間が許すかぎり耕平の母親のもとを訪ねて行っては、その内きっと帰ってくるからと慰めたり、世間話に花を咲かせて落ち込んでいる母親の気を紛らわせる努力を怠らなかった。ただ、耕平がいなくなった本当の理由だけは、絶対に口に出せないことだけが、一番の心苦しいところでもあった。
『一体アイツは、いま頃どこで何をしてるんだろう…。人の気も知らないで……』
そんなことを考えながら、タバコを取り出して一腹吸い込みながら空を見上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっていた。あの時もちょうど今日のような晴天だったな。と、耕平と別れた日のことを思い出していた。そういえば、最近はゆっくりと空も見上げることも、なくなっていることに気づいて山本は、はぁーっと深いため息をひとつ吐いた。山本自身も日々の生活に追われ、耕平のことも相俟って精神的に余裕も持てないでいた。
「おい、山本くんじゃないか。何してるんだい。こんなところで」
と、声をかける者がいた。声のするほうを見ると近所に住んでいる、山本より二年先輩の河野が立っていた。
「あ、河野先輩しばらくぶりです」
山本が会釈すると、河野は近づいてきて隣に腰を下ろした。
「お前、最近どうしたんだ…」
「え、何が、ですか…」
突然聞かれて、山本は一瞬ドギマギしながら尋ねた。
「近所じゃ評判だぜ。佐々木耕平は二年間も行方不明のままだし、お前はお前で休みのたびに何をするわけでもないのに、公園にきてボーとしているだけだって云うんじゃないか、ホントにどうしたんだ。それとも耕平の行方不明と何か関係でもあるのかよ」
「そんなんじゃないですけど…、ただ耕平とは子供のころからの付き合いで、そのうち帰ってくるんじゃないかと、思って待っているだけです…」
「ふーん」
河野はポケットから煙草を取り出して吸おうとしたが、
「ちぇ、切らしちまってる。買ってくるから、ちょっと待ってろ…」
「あ、オレのでよかったら、どうぞ」
山本は自分のタバコを出して、河野に渡した。
「お、すまんな。じゃ、一本もらうか」
河野は一本取りだすと、うまそうに吸い始めた。
「ところで先輩は、何をしてるんですか。ここで…」
「ん、オレか、いや何もしてねえよ。ただ、あんまり天気がいいもんだからよ。家にいてもガキどもがうるせえからな。単なる気晴らしよ。気晴らし…」
そんな他愛もない話をしばらくした後で、河野は帰って行った。山本も公園の時計をみると午後三時を回っていることに気づいて立ち上がった。
公園の裏通り近くまで来た時、あのブランコが眼に留まった。
『すべては、ここから始まったのか…。それにしても耕平のヤツ、えらいない物を拾ってくれたよなぁ…』
そんなことを考えながら、ふと、またブランコに乗ってみようと思い立ち、ブランコの鎖に手をかけて腰を下ろそうとした時だった。背後のほうから人が近づいて来るのを感じた。
「あの…、きみは山本徹だよね…」
と、尋ねた。振り返ると、五十代半ばの白髪交じりの男が立っていた。人を呼ぶのに呼び捨てにするとは、なんて失礼なヤツだろうと思い、少しムッとしながらも、
「はい、そうですけど、いったい誰ですか。アンタは…」
山本が答えるのを待っていたかのように、男は早口で喋りだした。
「おお、やっぱりそうか。最初からわかってはいたんだが、いざとなるとやっぱり気恥ずかしくってね。そうか。やっぱり、きみは若い頃の山本徹か。なるほど、なるほど」
何を言っているのか、さっぱりわけがわからないまま、山本は男に聞いてみた。
「いったい誰なんですか。アンタは、人に名前を聞くのに呼び捨てにするなんて、失礼にもほどがある…」
「いや、失礼したね。でも、自分に自分の名前を聞くのに、さん付けってのもどうも気恥ずかしくってね。許してくれたまえ」
そう言いながら、男はちょっとはにかむように照れ笑いを浮かべた。
「自分で自分の名前って、どういうことなのか、もう少しちゃんと話してくれなくちゃ、わからないって云ってるんですよ。アンタは誰なんですか。ホントに……」
「まだ、わからんのか…。うーん。いや、悪かった、悪かった。実は、私は二十八年後のきみだよ。つまりは、令和二年の山本徹の成れの果てだよ…」
山本は自分の耳を疑った。目の前に立っている、この男が二十八年後のオレだって…。しかし、同じ時間帯の中に未来と過去の自分が対峙していること自体、果たして可能なのだろうかという疑問と、自分ではあまりピンと来ないことでもあったが、かつてタイムマシンの開発者である吉備野博士から聞いた、時間軸の中の同じ時間帯には、過去と未来が連続して存続しているのだと、いうことを思い出していた。
そして、いまここにいる男と自分の姿を他人が見たら、自分の父親を見るより明らかに年老いた、自分自身であることを感じるかも知れなかった。
「まあ、立ち話もなんだから、そこのブランコにでも掛けて話そうか」
未来からやって来た山本徹は、まだ半信半疑の眼差しで見ている山本を促すように傍らのブランコに腰を下ろした。
「すべては、ここから始まったんだよね…、耕平もえらい目に遭ったもんだよ」
さっき自分が思っていたことと、同じようなことを口にしたので、この男がほぼ間違いなく、未来からやって来た自分であることを、山本はほぼ確信に近い形で、感じ取ることができた。
「もし、本当にアンタが未来のオレで、こうして、ここにやって来たってということは、もしかしたら耕平に逢って、あのタイムマシンを使ってやって来たのかい。それで耕平はどうなったんだい。耕平の父親の消息は解ったのかい…」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、山本は矢継ぎ早に未来から来た、自分に質問を浴びせかけていた。
「ん…、そのことなんだが…、話が非常に入り組み過ぎていて、こんな所で立ち話しするような内容でもないんで、どうだろう。どこか、その辺のホテルでも借りて、ゆっくり話そうじゃないか。きみに渡したい物もあるんでね…」
ふたりとも過去と未来の同一人物だけあって話は早かった。表通りに出ると未来の山本徹はタクシーを呼び止めて、駅前に向かって走り去って行った。
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